第10話

「槍塚には彼氏がいるだろ。バスケ部の飯島キャプテン」」

「槍塚、じゃないよ。季美、そう呼んで?」

「はあ? それめちゃくちゃでしょ」

「呼んでくれないの、残念だなあ」


 心底、悲しそうなため息を彼女がついていた。

 恋人がいるかいないかなんて話は、彼女にかかればあっという間にうやむやにされてしまう。


「あのなあ、意味わかんねーよ。勝手にキスしてきておいて……下の名前を呼べとか。どう理解したらいいんだ?」

「あー……そう言われたらちょっと罪悪感が湧くかもしれない」

「盛大に最高に。最上級の罪悪感を沸かせてくださいその心いっぱいに!」

「ごめんなさい」


 そこまで言ってようやく彼女は謝罪を口にしてくれた。

 恋人がいるかどうか、その質問に関してはまだ答えてもらっていない。

 抱介はなんとなく納得がいかなくて、


「恋人いるよね? バスケ部の飯島キャプテンは中学の先輩で、俺も中学ときはバスケ部でさー……。その憧れの人の恋人が好きだって告白してくるなんて、冗談がすぎてるよ」


 抱介はそう言うと、季美に向かってはい、と教室の出口の片方を指さしてやる。

 季美はそれをちらりと横目で見て、抱介の顔を見て、自分の唇を人差し指の先で拭ってから、いきなりそれを口に含んだ。


「変態か?」

「そうかもしれない。そういうものになったのかも。ああ、違う」 

「はあ?」


 そこまで会話をしているうちに、季美は距離を近づけてきて。

 不覚にも二度目のキスを奪われてしまった。


 接触するくらいなら良かったのに。

 彼女の舌先が自分のそれよりも長くて、向こうの口の中に吸い寄せられて、いきなり力いっぱい噛まれたら悲鳴しか出ない。


「何するんだよ!」

「あら、気持ちよかった? 私は好きなんだけどなこんなディープキス」

「ディープキスって。噛むことはないだろ!」

「血の味が好きなの」


 めちゃくちゃだ。

 抱介の心がそう叫んでいた。

 最初、キスされた時は嬉しさと、いきなりやってきたその衝撃の大きさに、恥ずかしながら、抱介は目の端を潤ませてしまった。


 と、同時に彼女もまた……同じように目に焼きつくような情動をにじませていた。

 だけどいまは喜んでいいはずのものなのに、喜べない。

 なぜなら彼女は先ほど抱介が言った通り、飯島先輩の恋人だと誰もが知っているからだ。

 つまり公然と浮気がしたい。抱介はそう誘われていた。


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