第7話


 数週間前まで恋人だった元カノのことをつい思い出してしまい、やれやれと心で首を振る。

 同じ高校に入る予定が、片方は公立高校で、片方は私立高校。

 住んでいるのは同じ市内なのに、お互いに行く方向は別々となり、おまけに駅二つも離れた市街に通学することになり、今に至る。


 つまり、自然消滅というやつだ。バスケに熱中せずに、元彼女のことをもっと優先してやればよかったと後悔しても、今さらもう遅い。


「どうかしたの、いきなりため息なんかついて」

「何でもない。そっちこそ教科書開いてるんだったら勉強したらどう? 見回りの先生とか、もしかしたら来るかもしれないし」

「あ、そうだね、ヤバっ」


 図書室に入ってから、壁にかけてある時計はすでに二十分以上経過したことを告げていた。

 ノートの一枚は最低でも埋めていなければ、見回りに来た教師に不審な顔をされることだろう。もし、それがあればの話だが。

 自分も何もしていないのはまずいと思い、抱介は英語Ⅰの教科書と、教科書の解説書を開いてそれをノートに書き込んでいく。

 どこから取り出したのか縁のないメガネをかけた季美は、長いポニーテールが邪魔だと尾の先を背中に放り込んで、数学Aの教科書と参考書を開いていた。

 しかし、そんな光景は十数分も続かず、沈黙を破ったのはまたしても季美のほうだった。


「ゲーム、やるんだっけ?」

「やるよ。スマホとかでもできるじゃん」

「そうだね、今から対戦ゲームでもする?」

「ばっか。ここどこだと思ってんだよ……」


 いささか常識に欠ける発言だったから、こいつ本当に大丈夫かなと、抱介は季美の頭の中を心配してしまう。


「やらないの? やるの?」

「やるのはいいけど、ここじゃだめなの。分かってるだろ? ここは本を読んで、勉強するとこ。サボってるの見つかったら、それこそまともじゃいられなくなる。新学期早々、親に報告されたいわけ?」

「……うちの家、両親どっちとも仕事が忙しくてあまり家にいないから……」

「うちもだけど。なんかごめん」


 お互いの共通点が見つかったことで、なんだかちょっとだけ親しくなれた気がした。

 それからとりあえずスマホを取り出してバレないようにお互いの連絡先を交換しつつ、あとから通信アプリで連絡を取ろうというところに落ち着いた。


 スマホを制服のポケットにしまおうとして、季美の長くて細い手首があらわになる。

 さっきそれは自分の手の中にあったんだと思うと、なぜかじっと見つめてしまい、もう一度それに触れたいという思いが心のどこかに湧いて出た。


「これで俺も先生から目をつけられたわけだ。入学早々に」

「私も一緒だからいいじゃない。仲間が増えたってことで」

「勝手にそうしたんだろ? ひどいやつだ」


 ブレスレットとかピアスとか、そういったものにあまりうるさくない校則は、季美の右手首にシルバーのブレスレットをつけることを許していた。

 でもどう見てもごついそれは男物で、彼女のことを縛りつけている鎖か何かのようにも見えた。

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