第6話

「眠たいの?」

「少しね、昨日ゲームやりすぎたから」

「へえ、そうなんだ」


 テーブルの上に教科書やノートを取り出しながら、季美が聞いてきた。

 いきなり初対面の相手とこんな場所で何を話せと言うのか。

 心の中ではドギマギしながら、それでもなんとかまともな答えを返そうとして思いついたのは、そんなくだらない返事だった。


「そうだよ。えっと……」


 人の名前を覚えることが苦手な抱介は、季美の形のいい、それでも豊かじゃない胸のネームプレートに目がいってしまう。


「やりつかきみ。槍塚季美、だよ」


 開いたノートの片隅に自分の名前を漢字で書き込んで、季美は自己紹介をする。

 抱介も同じように返事をして、同じように漢字で名前を書いた。


「中学の時さ、何やってたの? 部活とか」

「は? あー……バスケとかやってたよ」

「へえ、球技が好きなんだ?」

「一応。結構頑張ったよ、県大会までは行けたから」


 そう答えたら、彼女にはちょっと意外だったらしい。

 薄い唇に指先を当てて何かを考えてから、少女は指先を教科書を開こうとして、それを抑えていた少年の左手の甲にそっと乗せてきた。


「おい?」

「私も頑張ってたんだ……部活」

「だから何? これ意味わかんないんだけど」

「迷惑だった?」

「いや、そうなんじゃなくて……いきなりはちょっと」


 それはちょっと反則な存在だろ? と思った抱介は手を引こうとする。

 そうしたら季美は下唇の先をちょっと突き出し、何か不満なような素振りを見せて、抱介の手のひらに自分の指先を滑り込ませてきた。


「ごめんね。いきなり誘ったから、何か悪いことしたかなって」


 その後すぐに、いたずらっ子のような微笑みを見せてから、季美はそっと指先を放して自分のノートへと手を置いた。

 何か悪いことをしたら、そういう風にすれば許されるのだと彼女は知っていて、何の臆面もなくやってのけるのだから、抱介は困ってしまった。

 まるで小悪魔というよりも、自分の魅力を知り尽くした大人の女がそこに座っているように感じられてしまった。


「……誘ったらオッケー出すとかまで、全部計算してた?」

「利用したってことじゃないんだけど。そう感じたのなら、ごめんなさい」

「何度も謝ってもらわなくても怒ってないよ。ただ、不思議だっただけ、なんで俺なんかに声かけたのかなって」


 ほんの少しでも期待をした自分は馬鹿だなーとか思いつつ、抱介は改めて目の前の美少女を上から下までじっくりと眺めてみる。

 甘い誘惑を期待するなんて、テレビや漫画の中じゃあるまいし。


「お願いしたら聞いてくれそうな感じだったから」

「そうですか」


 抱介ははあ、と溜息をついた。

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