第3話

 数分後。


「ったく‥‥‥。なんて妹だよ、お前」

「へへっ。牧那。まきなっていいます。牧場の牧に、那由他の那」

「那由他が分からんわ!」


 言い出した相手は、槍塚牧那やりつかまきな

 抱介の元カノ、槍塚季美の妹だった。


「お姉ちゃんをNTRし返しません?」


 などと、牧那はとんでもないことを言い出した。

 分かれてほぼ一年が経とうとしている。

 そんなことを今頃提案されても、抱介の心には既に、季美への関心は薄れているし。

 何よりNTRされたのだ。

 負け犬、という自覚がそれ以降の女性を寄せ付けない心の壁になっていた。


「だから! NTRしかえすんですよ!」

「いみ分かんねえ!」


 あまり大きな声を出すと司書さんに怒られてしまう。

 図書室の最奥で、二名ほどが腰かけられる小さなテーブル席に移動して、二人は幾列もならぶ本棚を壁にして、ひそひそと話し込んでいた。


「やらなきゃ、過去をバラすってか? なんて奴だよ……!」

「大丈夫です、うちが姉ちゃんの彼氏を誘惑するので」

「え? さらに意味わかんねー。俺のメリットどこよ?」

「そのうち分かりますよ。じゃあ、参加決定で!」

「決定も何もあるか! 誰得だよ、これ‥‥‥」


 そう否決すると、妹と名乗る彼女――生徒手帳を見せて貰ったら、本当に実名だった――は、「やらないんですか? ばら撒かれていいんですか? お姉ちゃんと先輩の人生だから、うちには関係ないですけどねー」

「……かわいげないわー。今この場でお前を突き堕とすか、絞め殺すか。どっちだって俺にはできるぞ?」

「でも、やらないでしょ? 先輩、負け犬だから!」


 ぐぬっ、となった。

 それを言うかお前? と涙目になりそうだった。


「……やります? 特典は大きいですよ?」

「どんな特典だよ」


 そう言ったら、耳を貸せ、と牧那は言う。

 仕方ないので左耳を貸したら、

「お姉ちゃん、前の彼氏のほうが。先輩の方が良かった、って‥‥‥」

「は?」

「……泣いてます」


 きゅっと胸が詰まった。

 抱介の心の中に、重しをつけて沈みこめたはずの感情が、なんだか無理矢理浮かび上がってこようとしているようだった。


「それと、何の関係が‥‥‥。もう、一年、俺は‥‥‥お前が言う通りだ」

「いいじゃないですか。取り返すことは何も悪くないですよ。だって、お姉ちゃんから告白したんでしょ?」

「関係ないだろ……」


 そう応えたら、ペロっと耳を舐められた。

 うわっと声をだして体を引こうとしたら、片手で頭を抱きかかえられた。

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