神田の二等辺三角形

URABE

出会えそうで出会えない二人


――これが30年前なら、我々が出会うことはなかったのだろう。



場所は東京・神田駅前。神田といえば歴史ある町でもあり、江戸時代から職人や町人の町として知られてきた。さらに学校や書店が立ち並ぶことでも有名で、サラリーマンのみならず学生の姿も多く見かける。


神田駅周辺は今でこそ小綺麗な飲食店で埋め尽くされているが、かつては「ガード下の飲み屋街」が有名で、昭和を彷彿とさせる風情ある町だった。

ところが近年、地域の再開発やらJRの耐震補強工事やらで立ち退きを迫られ、今では小路こそ残ってはいるものの、個人店の数はめっきり減ってしまった。



土地開発をするのなら道路も一緒に直せばいいのに、と思うのは素人の浅知恵だろうか。細街路とまではいわないが、狭い道路がひしめく神田駅周辺は微妙なカタチをしている。待ち合わせをするにも、


「××出口を出て真っすぐ」


とか、そういう説明はしにくい地形になっている。碁盤の目のように整然と道が走っていればいいのだが、直角もあれば斜めもあればで言葉で説明するのが難しい。

今でこそ、待ち合わせ場所の情報をスマホで送れば済む話だが、スマホを忘れた日にはまず出会えないだろう。



かつて携帯電話が普及していなかった時代に、待ち合わせ時刻のすれ違いから、両想いが実ることなく終わってしまったキャラクターを思い出す――。


失恋アニメといえば「頭文字(イニシャル)D」。あれは走り屋バトルの話ではない、おもわず泣ける純愛ストーリーだ。なかでも最も読者の涙を誘う失恋シーンは、これだ。


・・・・・・


主人公でもなんでもない池谷が、碓氷峠最速の走り屋・真子に一目ぼれ。紆余曲折を経てとうとう両想いが実ろうとしたその夜、池谷は渋滞に巻き込まれて約束の時間に大遅刻をする。


待ち合わせ場所は、二人が初めて出会った場所でもある「峠の釜めし」の看板が目印の駐車場。ようやくたどり着いた池谷が見たものは、何重もの円を描く悲しいタイヤ痕だった。



約束の時間をかなり過ぎた頃、真子はハイヒールを脱ぎスニーカーに履き替えた。走り屋はフラットシューズでなければアクセルワークやクラッチに影響が出る。じつは真子、今夜池谷と会ったら「走り屋を引退して、普通の女の子のように恋愛をしよう」と決めていたのだ。


だからこそのハイヒールだったのに、池谷は現れなかった。真子は涙を拭うと、怒りと悲しみのドリフトでサヨナラを刻んだのだった。


・・・・・・


このストーリーのラストで流れる曲もまた、号泣を後押しする。


――あぁ、なぜ携帯電話のない時代に二人は生まれたんだ!おぎのや(峠の釜めしの会社)に電話をするとかなんとかして、遅刻を伝えることはできなかったのだろうか!


今思い出しても悔しい。この二人にはうまくいってほしかった。



などと思いを巡らせていると、スマホにメッセージが届く。


「店に到着、でもカフェが見当たらず」


約束の時間までわたしは、待ち合わせ場所の向かいにあるカフェで作業をしていた。このメッセージを受け取った時ももちろん、カフェから店を監視していた。だが、それらしき人物は見当たらない。


「え?どこ?」


わたしは待ち合わせ場所である飲食店の前に立つと、自撮りで画像を送った。すると向こうからも同じく、店の前で自撮りをした画像が送られてきた。


(・・・ギャグか?同じ店の前にいるのに、なぜ見えないのだ?)


理解に苦しむ状況に唖然としていると、数秒後に店の角から待ち人が現れた。


「この店、こっちにも入口があったんだ!」


なんと角地に立つこの店は、上空からみると三角形。そして外壁も店内も透けていないため、あちら側にも入口があるとは想像もつかない。しかも三角形の地形は、正確には「鋭角な二等辺三角形」のため、こちら側からでは対辺の存在など感じることすらできなかったのだ。


これぞ神田マジック。歴史ある町はどうしても、道路や敷地がいびつな形で残されていることが多い。そこがレトロで昭和を感じる良さでもあるが、このようなマジックに引っかかると痛い目にあうことも。



携帯電話のある現代でよかった。我々が池谷と真子ならば、この先もやはり会うことはなかっただろう――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神田の二等辺三角形 URABE @uraberica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ