最終話 いい風呂の日
~ 十一月二十六日(金)
いい風呂の日 ~
「……ご機嫌そうだな」
「うん」
今日は三回挑んで。
三回とも敗北。
親父さんの件に気を取られて。
集中していなかったとはいえ。
「なんという体たらく……」
「おにい、舞浜ちゃんにダジャレはあかんよ? 嫌いだって本人が言ってるじゃん」
「た、たまには笑うけど……。でも、これがシメサバかどうかわからない……」
そう。
秋乃が嫌いなダジャレの上に。
秋乃が理解できない食い物ネタ。
ランナーもいないのに。
一人でダブルプレー食らった気がする。
「それにひきかえ、舞浜ちゃんの返しのおもれえこと! 水筒にサバ詰め始めた時は何やってんのかと思ったけど!」
「キ、キャップに書いてあるから……、ね?」
ああ、確かに。
腹抱えて笑ったぜ。
「では、御馳走様でした」
俺たちを爆笑させた、笑いの女神が。
スキップでもしそうなほどの機嫌で風呂へ向かう。
そんな背中を見送りながら。
敗者の俺は、夕食の後片付けを開始した。
……とは言っても。
一人分は、下げる訳にいかねえか。
「凜々花。親父の分にラップしといてくれ」
「ほいきた! いつも通り、凜々花に任しとけ!」
珍しく外に出ていて。
先に食べていていいよと連絡を寄こした親父の分。
舞浜家で、秋乃のことについて。
舞浜母と話し込んでるらしいんだけど。
この居候の話は。
あのお袋さんも、親父さんに内緒にしてるらしい。
「ヘイヨーメーン! なんでめし時にぃ! なんでいねえとかぁ! そんじゃ凜々花にぃ! 全部食われてもぉ! 文句はいえいえイェーイパクッ! もぐもぐ」
「そうそう、その調子で頼む」
片付けしねえといけねえからな。
綺麗に全部食っちまってくれ。
「んぐんぐ……。なあ、おにい」
「なんだ?」
「凜々花、このシメサバだけ持ってったげようかな、パパに」
そう言いながら凜々花が付き出した水筒には。
俺を爆笑させた、左矢印と『シメル』の文字。
「……話しの邪魔になるといけねえから、渡したらすぐ帰ってこい」
「わかった! 行ってくんね!」
「もう食い終わったの!?」
慌ただしく飛び出す凜々花を。
呆れながら見送りつつ。
俺が一人、洗い物を続けると。
風呂から。
ご機嫌そうな歌声が聞こえて来た。
「しかし、親父さん来なかったな……」
昨日はあれだけ怪しまれたから。
散々警戒したんだけど。
家の裏手の薮に通路を作って。
秋乃にはそこから家を出てもらって。
別々の電車に乗って。
会話も、居候してる件については一切封じて。
……でも。
そのほかは逆に普段通り。
俺があいつを笑わせることが出来なくて。
逆にあいつに笑わされて。
いつになったら笑わせることができるんだろう。
そう思いながら皿をこすると。
ふと今更ながらな事を思い出した。
思えば。
この枷は、自分で自分に課したもの。
誰も求めてない。
それこそ、当の秋乃も必要としていない。
笑わせられることも。
今、告白されることも。
「なんというひとり相撲……」
のんびりゆっくり。
そんな変化を望む秋乃に対して。
気が急く俺が。
一人でもがく。
「だから、ネタが雑になる……」
今日、仕込んでおいた四発目のネタ。
秋乃のボディーソープの中身を。
黒いボディーソープに入れ替えておいたんだが。
これじゃ、笑いじゃなくて。
ただのイタズラに終わる可能性もある。
もしも笑い声じゃなくて。
悲鳴が上がったらまずいな。
俺は、一抹の不安を感じながら。
秋乃の鼻歌に耳を傾けてみたら……。
「黒髪日本人形、爆誕!」
「うはははははははははははは!!! 髪に使うな!」
くそう、秋乃め!
心配して損した!
そして改めて思う。
やっぱりあいつは。
俺を笑わせる名人だ。
……そんなお前に。
ペースを合わせてやろう。
俺も、焦らずのんびり。
変化に身を任せよう。
そのうちいつか。
お前を笑わせる日を信じて。
……お前に告白できる日を信じて。
「全身黒タイツマン! 参上!!!」
「うはははははははははははは!!!」
やれやれ。
そのうちいつかってやつ。
一生訪れないかもしれないな。
秋乃は立哉を笑わせたい 第18笑
=好きになったあの子を笑わせよう=
おわ……
がちゃっ!
ずかずかずか!
「昨日と同じタイミングかよ!」
「何の話だ?」
「おいこら! 靴のまま入ってくんじゃねえ!」
「今、明らかに女性の歌声が聞こえたが? 風呂場か!」
「凜々花だ! たった一人の可愛い妹だ!」
「たでーまー! 可愛い凜々花、我が家にハードランディング!」
……うん。
お前にも笑いの神様、絶対ついてるわ。
「…………おい、貴様」
「胸倉掴むんじゃねえ。これは、ご近所の知らないお子様だ」
「凜々花、とうとう様づけされる御身分に昇格したん?」
「ちょっと上がらせてもらう!」
「もう上がってんじゃねえか! こら、風呂場に行こうとすんじゃねえ!」
クソ親父が、俺を突き飛ばすなり。
ずんずん廊下を進んでく。
慌てて止めようと追いすがったが。
脱衣所。
ここから先は俺にはいけねえ。
せめて、この騒ぎを聞いて。
秋乃が何とかしていてくれたら……。
「…………いない、だと?」
「ん? ……おお、いるわけねえだろ! とっとと帰れ!」
グッジョブ秋乃!
助かったけど、どんな魔法使ったんだ、あいつ?
親父さんは脱衣所を出て。
また俺を突き飛ばして階段下の収納を探り出す。
顔を収納に突っ込んだ隙を突いて。
開けっ放しの風呂場を覗くと。
風呂の蓋が少し開いて。
潜望鏡がぴょこん。
「うはははははははははははは!!!」
こらバカ野郎!
バレたらどうする気だ!
「……なにがおかしい!」
「いやいや、こっちの話だ。それより、あいつがここに転がり込んでるわけじゃねえって事、分かったか?」
憤懣やるかたなしって感じの親父さん。
奥歯をバキッと鳴らして悔しがると。
「…………秋乃の住んでいるところに通っているわけではあるまいな」
「しねえよそんなこと」
「ふん! どうだかな!」
「信用ねえな、俺」
「当然だろう!」
そしてみたび俺を突き飛ばして。
玄関に手をかけたクソ親父は。
「貴様を監視させてもらうからな!」
「んな……っ!?」
飛んでもねえ捨て台詞を吐いて。
出ていっちまった。
……今日だけじゃなくて。
ずっと監視?
これからどうなっちまうんだろう。
そう思いながら、脱衣所の方へ目を向けると。
困ったように首を振る。
潜望鏡が俺を見つめていた。
秋乃は立哉を笑わせたい 第18笑
=好きになったあの子を笑わせよう=
こんどこそ、終わり♪
秋乃は立哉を笑わせたい 第18笑 如月 仁成 @hitomi_aki
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