11月27日『ほろほろ』

 ビーフシチューの牛肉を口に運ぶと、とても柔らかく、口内でほろほろと崩れた。


「おいしい……!」


 私は思わず笑顔になる。さすが、街のレストラン!濃いめのデミグラスソースが、ジャガイモやニンジンにもしっかりと染みている。やっぱりお店の味はおいしい。


「ティア、気に入った?」


 向かいの席に座るジャケット姿のラビン師匠に、微笑ほほえみながら問われて私は頷く。着慣れていないワンピースに着替えた甲斐かいがあったなぁ。


「いつもティアには炊事を任せてしまっているから、たまには外でのランチも良いと思ってね」

「ふふっ。一食分、楽できました。ありがとうございます」

「こちらこそ、毎日おいしい食事をありがとう」


 今日の昼前、師匠に外食を提案された。よそ行きの服で、との指定があったのでワンピースに着替えたのだが……。

 師匠の転移魔法で移動した先が、村ではなく街だったのには驚いた。てっきり、村のカフェでのランチかと思っていたのに。街についてから、ちょっとお高めレストランに連れてこられて、さらに驚いた。


「師匠、今日って何かありましたっけ?」


 ラビン師匠の誕生日は昨日だったし、今日は何かの記念日でもない。なぜ急に、こんな外食ランチを提案されたのか。師匠の意図いとがよく分からなかった。


「今日?特に何もないよ。ここに来たのは、まぁ……。いて言えば、気分で?」

「そう、ですか」


 まだ若干の違和感はあったが、深く考えない事にした。


「ティアは、テーブルマナー身についているんだね」


 デザートが届いた頃、師匠にそう言われた。あぁ、そういえば。食事の作法では困らなかったな。


「はい。母国にいた時、両親や家庭教師の先生から教わりました」

「そっか。……ティアから見て、君のご両親はどんな人?」

「?師匠とうちの両親って、知り合い……ですよね?」


 なんでこんなことをかれるのだろう。疑問には思ったが、


「ティアは、二人のことをどんな風に思っているのかなって。気になってさ」


 穏やかに微笑まれながら問いかけられたので、不思議に感じつつも答えた。


「父も母も、優しい人ですよ。お父さん……、父は、たしか国政に関わる仕事をしていて、母は父の仕事をサポートしていました。二人とも忙しい人だったけれど、私と過ごす時間を大切にしてくれました」


 この国に、師匠のところへ来るまでは、両親と一緒に暮らしていた。けれど、


「父も母も、大事な人です。でも……。私、二人の顔をちゃんと思い出せなくて。師匠に弟子入りした前後のことも、はっきりとは覚えていないんです」


 自分で話していて少し寂しくなり、しんみりしてしまった。自然と俯いてしまった私に、師匠は優しく声をかけてくれた。


「大丈夫だよ、ティア。しかるべき時になれば、君は思い出せる。僕は、そう確信しているよ」


 顔を上げると、師匠は柔和な笑みを浮かべていた。

 しかるべき時、というのがいつなのかは知りようがないけれど……。二人の顔を、ちゃんと思い出せるといいな。


 考え事をしながら食べたデザートのシフォンケーキは、味がよく分からなかった。

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