11月26日『対価』

 異世界を渡り歩き、いくつもの国で戦功をあげた。その対価として得た金銭のほとんどは魔法の研究に費やした。新たな魔法を創ることに没頭し、研鑽けんさんを積んで魔力量の底上げもした。


 そうして手に入れたのは【深淵の魔法使い】という通り名と、老いない体だった。


 十年経っても二十年経っても、それ以上の年月が経っても、僕の見た目は変わらない。魔法の技量を磨くのに不老の体は好都合だったが、一つの国で長く暮らすのは難しくなった。一ヶ所にずっと留まっていると、いつまでも容姿の変わらない僕は『気味が悪い』とうとがられるからだ。


 それに……。数少ない友人や仲間達は、成長し、やがては老いて、この世を去っていく。彼等を見送り続ける僕の隣には、常に孤独があった。

 異世界転移の術で世界を渡り歩くのは、見聞けんぶんを広め新たな魔法を覚えるため、という面もあったが……。一つの世界に長く居られない不老の僕にとっては、ある意味必要な世渡りの方法だった。


 小さな国の片田舎で、村からほどよく離れているこの洋館での暮らしは、楽しみこそ少ないものの静かで過ごしやすい日々だった。時折、村の人に頼まれ薬を調合して売ったり、知人や友人からの依頼をこなして、生計を立てる。貯蓄はまだまだあるので、生活で困ることはなかった。

 村の人達は何年経っても容姿の変わらない僕を不思議がってはいたが、嫌悪されることはなかった。この国で魔法使いは数が少なく稀有けうな存在だから、かもしれない。僕にとっては有り難かった。


 これからも、ここで魔法の腕を磨きながら独りで過ごしていくのだろうと思っていた。



   ◆



「ラビン師匠、これは私からのプレゼントです」


 ティアが作ってくれた夕飯を食べ終えお茶でも飲もうかと思っていたタイミングで、声をかけられた。彼女は冷蔵庫から白い箱……、ケーキボックスを出してダイニングテーブルの上に置く。箱には村のケーキ屋のロゴが描かれているから、買ってきた物だろう。


 ティアは「じゃーん!」と、効果音を口にしながら箱を開けた。中には、ピースのタルトが二つ。苺がふんだんに載ったタルトと、もう一つは洋梨がたっぷりと使われている物。

 綺麗でおいしそうなタルトだが、プレゼント、の意味が分からない。疑問を抱きつつ首を捻っていると、


「もう、師匠ってば。また忘れてるんですか?今日は師匠のお誕生日じゃないですかぁ〜!」

「あ」


 そういえば、そうだった。すっかり忘れていた僕に、ティアは呆れながら言う。


「やっぱり忘れていたようですね。師匠のことだから、今年もそうだろうと思ったけれど。今日で何度目のお誕生日になるのかは知りませんが……、おめでとうございます!」


 永い年月を生きてきて、いつからか年齢を数えるのをやめた。独りで過ごす日々に、誕生日なんて気が付いたら終わっていた、という年がほとんどだったけれど。

 ティアと暮らすようになって、彼女は毎年僕の誕生日を祝ってくれる。

 弟子なんて、わずらわしいと思っていた時期もあったけど。


「ありがとう、ティア。嬉しいよ」


 満面の笑みで祝ってくれる愛弟子に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。

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