11月25日『ステッキ』

 朝食を終えて後片付けがひと段落ついた時、ラビン師匠に声をかけられた。


「ティア、今日はこれからお客さんが来るんだ。その間、君にはお使いを頼みたくてね。村のヘレナさんのところへ薬を届けて、ついでに雑貨店で日用品の買い出しをしてきてくれるかい?」

「あ、はい。……ヘレナおばさんの薬、今日届けるんですね?」


 村に住んでいる、私の料理の先生でもあるヘレナおばさん。おばさんの家には、いつも月初めに薬を届けている。今日薬を届けるのなら、今月二回目だ。

 確認の意味も込めて、私は師匠にたずねた。


「うん、来月分の薬を前倒しで届けてほしいんだ。今月末から来月の頭にかけて、せわしなくなりそうだから」

「分かりました」

「早めに薬を届ける事、ヘレナさんには話してあるから。ゆっくり行ってきていいよ」

「はーい。行ってきます」


 師匠は言葉としてはっきりとは言わなかったが、お客さんと込み入った話をしたいのだろう。私には聞かせたくない話なのか、聞かない方がいい話なのか。

 ……ほんのちょっと好奇心がそそられたが、余計なトラブルに巻き込まれるのも御免なので大人しくお使いを済ませることにした。




 カーキ色の秋物コートを羽織って、トートバッグを手に村までの道を歩く。下り坂の少し手前で、珍しい人と出会でくわした。


「あれ?おじさん?」

「おぉ、ティア嬢か」


 お屋敷に住んでいる、元宝石商のおじさんだった。毎月、師匠の薬をいいお値段で購入してくれるお得意様だ。おじさんは一人で杖をついてここまで来たようだった。


「おじさん、もしかして洋館うちへ行く途中でした?」

「あぁ、そうだよ。ティア嬢のお師匠に用があってな」

「それなら、洋館までご一緒しましょうか?」


 杖をついているおじさんが心配でそう申し出たが、


「大丈夫。もうすぐそこだからね。気を遣ってくれてありがとう」

「そうですか……。じゃあ、お気をつけて」


 お辞儀した私に、おじさんは軽く会釈してから歩き出した。おじさんの後ろ姿をしばらく見送ってから、私も村の方へ歩き出す。

 師匠のお客さんって、おじさんだったのか。疑問は一つ解けたけれど。


「おじさん、師匠になんの用事があるんだろ?」


 お屋敷以外で会ったことがなかったおじさんとの遭遇に、私の中で謎は深まった。



   ◆



「お一人で来てくださったんですか?」


 元宝石商である初老男性をリビングに通してソファーに促す。彼の屋敷には使用人が何人もいるので、てっきりお付きの人を連れてくるのかと思っていた。


「たまには一人で散歩を楽しみたいと言って、連れてこなかったよ。お前さんのことだから、堅苦しいのは嫌いだろうと思ってな」

「そうですね……。助かります」

「さてさて、今日儂が呼ばれたのは……ティア嬢には聞かれたくない話、かな」


 彼はニヤリと笑ったが、不快感は与えない笑みだった。まるで、いたずらっ子が何か思い付いたような笑顔だった。

 見抜かれていることに、思わず苦笑してしまう。


「えぇ、そうです。実は、先日買わせていただいた石の事で相談がありまして」

「と言うと、ブルートパーズか。何か問題があったかね?質の良い物を用意したはずだが……」

「あぁ、そうじゃないんです。ブルートパーズは、頼んでいた通りの特級品でした。相談したいのは『魔力をどれだけ蓄えられるか』という点です」


 懐に入れていた巾着袋から、雫型に加工されたブルートパーズを取り出す。


「このブルートパーズにまじないをかけて、わたしの魔力を込めたいのですが……。あまり強い魔力を込めると割れてしまうのではないかと思いまして。でも、なるべく多くの魔力を蓄えさせたいのです」

「ふむ……。儂は魔法やら魔力のことは専門外だが、ちょっと見てみようか」


 僕がブルートパーズを渡すと、彼は上着のポケットからミニルーペを取り出して状態を確認した。


「十日ほどですが、わたしが懐に入れて持ち歩いていたので少量の魔力はすでに込められているはずです。肉眼で見える傷は見当たりませんでしたが……」

「今のところ大丈夫なようだ。トパーズの硬度は石の中で硬い方だし、よほど強い魔法や呪いでなければ問題ないと思うがのう」

「分かりました。ありがとうございます」


 ブルートパーズを返され、彼の返答に僕は安堵あんどした。強い呪いは使えないが、当初の目的は果たせそうだ。


「ブルートパーズはティア嬢へのプレゼント、かな?」

「そんなところです。深くは追求しないでください」

「はいはい、分かったよ。では、お前さんの用件は済んだようだし、今度は儂のお願いを聞いてもらおうか」


 彼はそう言いながら、折りたたんでいた杖を僕の方へ差し出した。


「愛用していた杖の持ち手に、小さな亀裂きれつが入ってしまってなぁ。なんとかならんかい?」

「グリップ部分は木製ですね。いずれは交換した方がいいと思いますが、応急処置ならできますよ」


 杖を受け取り、亀裂の入っているグリップに手をかざす。


「時の針よ、さかのぼたまえ。その身に受けた傷を、時の狭間はざまに捨て置き給え」


 木製のグリップは数秒、淡い光を放った後に新品同様の状態になった。小さな亀裂は消えて見当たらない。


「おぉ!亀裂がなくなった、のか?」

「時の魔法で一時的に過去の状態へ戻しただけです。一週間もすれば元に戻ってしまうので、ちゃんと修理なり交換なりに出した方がいいですよ」

「そうかい。一時的とはいえ助かったよ。お代はいくらかな?」

「これだけでお金は頂けません。ブルートパーズを見てもらったお礼、ということで」

「ほっほっ。持ちつ持たれつ、か。……そういえば、ここへ来る途中でティア嬢と会ったよ。来月、また屋敷で会うのが楽しみだな」

「……水を差すようで申し訳ないですが、彼女は来月ここにいないかもしれません」


 言い難かったが、いずれは分かることだ。ならば今、話しておこうと思った。

 元宝石商の彼は、眉をひそめて「どういう意味だい?」と問いかけてきた。


「ティアは事情があって、母国を離れ、わたしの弟子としてここで生活してきましたが……。彼女の両親から連絡がありました。近々、国に呼び戻したい、と。母国に帰るか、ここでの生活を続けるか……。ティアの両親も、わたしも、最終的な判断は本人に任せるつもりです。ですが、わたしは、あの子は国に帰った方が良いと思います」

「そうかい……。ティア嬢が故郷ふるさとへ帰るのか……。あの子の母国は、遠い地なんだろう?そう易々やすやすとここには戻ってこれんだろうなぁ。……寂しくなるな」

「えぇ、そうですね……。このことはティアにまだ話していないので、内密にお願いします」

「あぁ、承知した」


 彼は寂しさからか、沈んだ表情になった。

 僕も、本心を言えば……。ティアに、ここにいて欲しい。魔法を教えながら、彼女の成長を見守りたい。けれど、それは僕のわがまま。ティアの母国には彼女の帰りをずっと待っている家族がいる。


 ティアを弟子にした時から、いつか別れの日が来ると分かっていたのに。


 いざその時が近づくと、どうしようもない寂寥感せきりょうかんさいなまれていた。

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