11月24日『月虹』

 晴れた月夜、洋館の屋上に私達はいた。


 師匠と一緒に敷いた布製のピクニックシートの上に、温かい紅茶を入れた水筒を二つ並べる。いつもより厚着をしてきたし、膝にはミニサイズの毛布をかけているけれど……。床が冷えていて、夜の空気も冷たい。

 この前、レーベ流星群を見た時よりも寒く、季節の移ろいを肌で感じた。


「日付が変わる直前まで、この瓶に月の光を浴びせよう」


 ラビン師匠はガラス瓶をピクニックシートの上に静かに置いた。中身は、師匠が昨日調合した風邪薬だ。


「月の光を浴びせるのって、どんな意味があるんですか?」

「ティアはどんな意味があると思う?」


 質問を質問で返されてしまった。「えーと……?」と悩む私を見て、師匠はニコニコと微笑ほほえんでいて楽しそうだ。

 なんかしゃくだなぁ!


「月、月……。月の、光……?んん〜、分からないです!」


 悔しかったけれど、そう答えた。師匠はこらえ切れなかったように吹き出して笑う。


「ふふっ。いさぎいいね、ティア」

「笑わなくてもいいじゃないですかー!師匠のいじわる!」


 憤慨ふんがいする私に、師匠は「ごめんごめん」と謝りながら私の頭を撫でた。


「正解はね、月の光には浄化の力があるから、だよ」

「浄化?」

「そう。風邪の症状を引き起こしている菌やウィルスを、浄化の力で無効化できるように。そのために風邪薬に月の光を浴びせるんだ」

「へぇぇ〜」

「このまじないは魔法使いにしかできないけれどね。多分、普通の薬師くすしが同じことをやっても効果は無いと思うよ」


 師匠の説明に首をかしげる。月の光を浴びせればいいのなら、薬師がやっても同じ効果がありそうなのに。頭に疑問符を浮かべる私に、師匠が説明する。


「ティア、魔法使いである僕達には魔力がある。魔法使いが調合した薬には、無意識のうちにその人の魔力が込められるんだ。微量ではあるけれどね。その微量の魔力が月の光と反応して薬効が高まる、ということだよ」

「なるほど……!」


 それならば、魔力を持っていない薬師が同じことをしても効果が無いわけだ。師匠の説明に納得した。


「魔法使いの作った薬はよく効く。けれど……。魔力を持って生まれる子は、年々減っているからね。今では薬師の調合した薬の方が手に入りやすく安価で一般的だ。僕達のような存在は、今後もっと減っていくだろうなぁ」


 師匠は遠くを眺めながら、淡々とそう話した。

 そういえば、私は師匠以外の魔法使いを知らないし会ったこともない。


「魔法使いって、貴重なのかもだけど……。それって、寂しいですね」


 私の言葉に、師匠は「そうだね」と頷いてくれた。



   ◆



 いつの間にか微睡まどろんでしまった。ピクニックシートの上でミニサイズの毛布を体にまとい、座ったままウトウトする私。

 突然、師匠に肩を揺らされた。


「ティア、ティアってば。起きて起きて」

「んー……。眠いですぅ……」

「ティア、珍しいものが出てるよ。ほら、見てごらん」

「もぅ……。なんですかぁー」


 眠い目を擦りながら、あくびをする。師匠が指差す方向を寝ぼけまなこで眺めて、一瞬で目が覚めた。

 きらきらと、光の帯が空の低い位置を流れている。まるで天の川が落ちてきたみたい。その光の一つ一つをよく見ると……。


 あれは、妖精?


「妖精の渡りだね。北から南東へ行くみたいだ」

「すごい……!こんなにたくさん!」


 小人のような姿の妖精達には羽や尻尾があり、みんな楽しそうに踊りながら空を飛んでいく。光の帯は川のように、時折うねりながら先へと続いていた。


「妖精の渡りが見られるなんて運が良いね。とても珍しくてまれなものだよ」

「初めて見ました……!あの子達は、南で冬を越すんでしょうか?」

「そうだろうね。妖精と言っても、さまざまな種族がいるから……。僕もまだ分からない部分が多いけれど」


 師匠と一緒に空を飛んでいく妖精達を見送った。光が見えなくなった頃、空に白い虹がかかっているのに気が付く。


「師匠。あれ、なんですか?虹みたいな形だけど、白いですね」

「あれは、月の虹……。月虹げっこうだね。本来ならば、いくつかの条件が揃わないと現れないけれど……。気まぐれな妖精達の置き土産ってところかな」

「月虹……!夜の虹、ですね!」

「肉眼では白く見えるけれど、写真を撮れば色のグラデーションが映るはずだよ。今夜は貴重な夜だなぁ」

「……寒さに耐えていた分、綺麗に見えます」


 月虹が完全に消えるまで、二人で飽きることなく夜空を眺めていた。

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