11月23日『レシピ』

「料理にレシピがあるように薬にもレシピがある。ただ、それは紙に残さないで全て記憶するのが僕のマイルールなんだ」


 ラビン師匠から風邪薬の調合を教えてもらうことになった。普段は施錠してあって私は自由に入れない薬室に入れてもらう。この部屋は壁に沿って棚があり、それぞれの引き出しにさまざまな薬草や薬の材料が保管されている。


 机には、今日使う薬草や調合のための道具が並んでいた。薬草を切ったり細かくするための、円盤に持ち手がついている薬研やげんという物や、材料をすり混ぜるための乳鉢や乳棒がある。


「どうしてレシピを紙に残さないんですか?紙媒体で残っていた方が、後々のちのち楽だと思うのですが」


 師匠が作れる薬は何十種類とあるはずだ。それら全てを記憶するなんて大変そう。

 私の疑問は至極当然なものだと思っていたが。


「もし、誰かにレシピを見られて悪用されると困るからね。薬は毒と表裏一体。使い方を間違えれば簡単に毒になる」

「ど、毒?」


 私の口元が引きつった。そんな私に師匠は苦笑いする。


「そんなに怖がらないで、ティア。調合と使い方さえ適切にすれば、ちゃんとした薬になるから」

「そう……、ですか」

「じゃあ始めるよ。よく見ていてね」


 メモが取れない状況で、師匠の手元をじぃっと観察し、時折質問しながら頭に叩き込んだ。


「あれ?薬包紙やくほうしに包まないんですか?」


 調合が終わったのに、師匠は粉末状の風邪薬を乾燥剤と一緒にガラス瓶へ入れて、蓋をしてしまった。


「うん。患者さんに渡す直前に包むんだ。その人の年齢や体格に合わせて、量を調整するからね。それに、これはまだ完成じゃないよ」

「え?そうなんですか?」

「薬効を高めるために、最後にまじないをかけるんだ。でも、今日は天気が悪いから無理かな。魔法で雨雲を飛ばせば、呪いをかけられるけれど……。なるべくなら自然の力に任せたいから」

「どんな呪いなんです?」


 師匠はガラス瓶の蓋をぽん、と軽く叩いてこう言った。


「晴れた夜、この瓶に月の光を浴びせるんだ」

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