11月19日『クリーニング屋』

 約束通り、今日はラビン師匠に火の魔法を教えてもらうことになっていた。裏庭で師匠が魔杖まじょうを片手に話す。


「ティアは、ファイア……火炎属性の初級魔法は使えたよね」

「はい。本当はもっと上の、ファイアストームとかフレイムバーストを習得したいんですけれど、イメージが湧かなくて」

「イメージできないものは具現化しにくいからね。でも、ファイアストームもフレイムバーストも、中級の攻撃魔法だよ。ティアに必要かなぁ?」


 師匠は首をかしげた。


「ティアには攻撃魔法じゃなくて、もっと別の魔法が向いていると思うけれど」

「例えば?」

「濡れた服や髪の毛を乾かす魔法とか?」

「それは……!便利そうですね!」


 そんな魔法を使えれば、お風呂上がりのドライヤー要らずだ。


「火の魔法の応用で、熱を使って乾かすんだ。屋上で洗濯物を干していたよね。あれでお手本を見せようか」


 場所を屋上に移し、師匠は呪文を唱えて干していた厚手のバスタオルを一瞬で乾かしてくれた。


「すごい!この魔法を使えたら洗濯物干さなくて済みます!」

「精細な魔力の扱いが必要だから、コツを掴むまでは苦心するだろうけどね。呪文は覚えられたかい?」

「はい!とりあえずこっちのフェイスタオルで練習してみます!」


 師匠がお手本を見せてくれたから、魔力の流れはなんとなく分かった。魔杖をフェイスタオルへ向け、私は張り切って呪文を詠唱する。


「熱よ、我が意のままに応えたまえ。水を、雫を、大地へと返し給え」



   ◆



 一時間後、屋上には集中力が切れて疲れ果てた私と、数枚の焦げたフェイスタオルがあった。師匠は苦笑いしている。


「ティアは火の魔法と相性が悪いのかもね。初めてだったし、こんなものだよ」

「す、すみません……。タオル、何枚かダメにしちゃいました」

「気にしないでいいよ。焦げた部分を切り取って、これは雑巾にしよう」

「この魔法、本当に魔力の扱いをこまやかにしないといけないんですね。縫い針に糸を通し続ける、みたいな」

「うん、そうなんだ。……ティアも疲れたみたいだし、この後は夕食まで休もうか」

「いえ、集中力が切れただけなので少し休憩すれば大丈夫です!まだ動けます!魔法の練習でも、それ以外でも!」

「そう?じゃあ、お使いを頼もうかな」


 師匠は顎に人差し指を当て少し考える素振りをして、私に言う。


「村のクリーニング屋で、僕のマフラーを受け取ってきてくれる?」

「…………。はい、分かりました」


 微妙に間が空いてしまったのは、不可抗力なので許してもらいたい。

 村のクリーニング屋には、私の天敵がいるのだ。



   ◆



 店内に入ると一人で店番をしていた彼は、あからさまに表情をしかめた。


「げっ!ティアかよ」

「ノルア、お客さんに対してそれは酷くない?ラビン師匠のマフラーを受け取りに来ただけだし!」


 私は師匠から預かってきたクリーニングタグを、カウンターにバンッと叩きつけるように置いた。


 ノルアは、私が村の初等学校に通っていた頃の同級生。なにかと意地悪をしてくるので、私は彼が嫌いだった。いや、訂正。今現在も嫌いである。


 面倒そうに「あー、はいはい」とノルアは言いつつ、棚からマフラーを探し出した。


「これだな。お前んとこの、怖い師匠のマフラー」

「どーも。……あんた、うちの師匠にまだ怯えてるの?臆病だなぁ」

「いやいや、あの深淵の魔法使い、だろ!?噂では、たった一晩で国を一つ滅ぼしたらしいじゃん!お前の感覚の方がおかしいって!」

「ふーん。噂、ねぇ」

「俺の感覚の方が普通だと思うけど!」

「はいはい、相変わらずうるさいなぁ。まぁ、それだけ元気ってことね。用も済んだし、もう帰るわ。じゃあねー」


 マフラーをトートバッグにしまって店を出ようとしたが「ちょっと待てって!」とノルアに引き止められてしまった。


「なに〜?早く帰りたいんだけど」

「ティア、村のシンボルツリーは見に行ったか?」

「シンボルツリーって、広場にある双子イチョウ?それなら見てないけど」

「せっかく村に来たんだし、帰る前に見て行けよ。賑わってると思うぜ」

「うん?賑わってる、って?」

「行けば分かるから。ほら、さっさと行けって」


 そっちが呼び止めておいたくせに。内心悪態をつきながら、村の広場へ寄って行くことにした。




「あぁ、そっか。今日だったのか」


 広場にはお祭りの飾り付けがされていて、あちこちに屋台も出ていた。ジャガイモと白身魚を揚げた物や、焼いたソーセージなど、おいしそうな香りが広場に漂っている。

 広場中心にある大きな二本のイチョウ、通称、双子イチョウは、綺麗な黄色の葉をつけていた。


 今日は年に一度の銀杏ぎんなん祭りの日だったようだ。


 銀杏祭りは、秋の実りへの感謝と冬を無事に越えられるように、という願いを込めて、双子イチョウが黄葉する時期に毎年催される。村に住んでいない私にはあまりえんがなく、今年の開催日は把握していなかった。


「屋台、見てみようかな」


 素直じゃない同級生に、ほんのちょっとだけ感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る