11月16日『水の』

 昨晩から降り始めた弱い雨は、今日の朝食時には豪雨と呼べるほどの勢いになっていた。風も強く吹いているようで、雨粒が窓に当たる音が大きい。


「この雨、今晩まで降り続けるみたいだよ。さっきラジオで言ってた」


 ラビン師匠はそう教えてくれたが、私は首をかしげた。


「んんー。天気予報はそうですか……。昼には止む気がするけどなぁ」

「直感、かい?」

「そんな感じです。まぁ、なんとなく、なので私の勘は外れるでしょうね」

「いいや。案外分からないよ、ティア。魔法使いの感覚は、魔力を持たない人と比べるとちょっと異質だから」




 午前中は洗濯以外の家事を済ませることにした。師匠は薬室で薬の調合をするらしい。

 私がリビングで繕い物をしていると、雨足が弱くなっているのに気が付いた。繕い物を終え食事の準備に取りかかった頃には空が明るくなり、昼食ができあがった時には雨は止んでいた。


「ティアには水の声が聞こえたんだね」


 師匠に声をかけ、小さなダイニングテーブルで一緒に昼食をっていたらそう言われた。


「水の声、ですか?」

「うん。僕達のような魔法使いは、声なき声に耳を傾ける役割もになっているからね。自然だったり、動物だったり、人ではないモノ達だったり。彼等の声なき声を察知できる人は、ほんのひと握りだから。みんながみんな、できることではないんだよ」

「そうなんですか」

「ティアが今後、水の魔法を極めれば……。僕の腕を上回ると思う」


 師匠は機嫌良さそうに話すと、昼食のパスタを一口食べて咀嚼そしゃくした。


「ティアの将来が楽しみだな。君は優秀な魔法使いになるよ」

「私は……。そんなに期待されるほどの魔法使いには、なれないと思います」


 期待が重かったわけではない。師匠の先を見通す力の精度は知っている。


 ただ……。自分に、自信が無かった。


 弟子入りして年月が過ぎ、魔法を学べば学ぶほど自分の未熟さを思い知らされたし、師匠の秀逸さが分かった。私が一生をかけても届かない高みに、この人はいる。


 俯いてしまった私に、師匠は優しい口調で語りかける。


「ねぇ、ティア。もし、僕が卓越した腕の魔法使いだと、君の目に見えているのならそれは違うよ。僕が、他人に求められるままに研鑽けんさんを積んできた魔法は、所詮は人を傷つけるものだ。君は僕とは違う。素質もあるし、努力もできる。そして、他者を思いやれる優しい心を持っている」


 私が顔を上げると、師匠は穏やかに微笑ほほえんでいた。


「大丈夫。ティアが毎日頑張っているのを、僕は知っているよ」

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