11月14日『裏腹』

 長く続いた死と裏腹の生活は、僕の心を凍らせた。選択肢を一つ間違えれば、一瞬であの世行き。戦場はそんな場所だった。


 色々な国でお偉いさんに利用されたし、こちらとしても利用した。僕が習得した魔法は攻撃力が高く、あちらこちらで重宝され雇われた。高額な報酬と引き換えに何度も戦場にり出された。

 異世界転移の術でさまざまな世界を渡り歩いたが、どこの世界でも、国でも、僕は戦闘員として求められた。


 ……魔法使いになったのは、戦うためではなかったのに。


 単純に、魔法が好きだったから魔法使いになろうと思った。魔法学校で学び、有名な魔法使いの元で修行して、独り立ちしてからは技術を磨き、新たな魔法を創ることにも没頭した。

 僕が覚えた攻撃魔法は、もともと魔物や魔族を倒すためだった。魔法使いギルドに所属して、魔物や魔族相手の依頼をこなす日々。それがいつしか噂となって、他国の権力者の耳に届いた。報酬ははずむから、と依頼されたのは戦で敵兵をほふること。

 あれから、何かの歯車が、狂い始めた。


 戦場で敵を、命を、奪い続けた。大量に流れる敵の血を見ても、何も感じなくなった。そんな冷めた自分に悲嘆した。


 もう、人殺しはうんざりだ。


 共に死線を越えてきた戦友のみんなには悪かったが、これを最後に隠居しようと思った。山を越え谷を越え、国境を越えた。

 戦争をしていない、農業が盛んな国の田舎に居を構え、一人で静かに暮らす……つもりだった。


 成り行きで、知人の子を弟子として預かることとなった。その女の子はまだ幼く、初等学校に通うような年齢だった。

 今までにも弟子は何人かいたが、全員、短期間で僕の元を去っていった。僕は手取り足取り教えるタイプじゃないし、覚えたいのなら目で盗め、というスタンスだったからだろう。

 この子はまだ幼い。とはいえ、特別扱いして甘やかすつもりはなかった。


「僕は君に魔法を教える気はないから。もし覚えたいのなら、僕をよく見ているんだね。家事もできる範囲は自分で済ませること。まぁ、怪我されると困るから、食事だけは僕が用意するよ」


 僕が冷淡な態度で話すと、その子は俯きながら小さく頷いた。



   ◆



「しーしょーおー!ラビン師匠ってば!」

「ん?」


 リビングで魔導書を読んでいたはずが、いつの間にか頭が留守になっていたようだ。

 エプロン姿のティアの声に、ハッとする。


「あー、ごめん。ちょっとぼんやりしてた。で、何かあった?」

「もう〜。さっきから声かけてたのに。夕飯、お肉とお魚どっちがいいですか?ちなみに選ばなかった方は明日の朝食になります」

「じゃあ、今夜はお肉で」

「はーい」


 ティアは用が済んだのか、キッチンの方へ行こうとした。そんな彼女を呼び止める。


「ねぇ、ティア。君は僕の通り名を知っているよね?」

「?はい。深淵の魔法使い、ですよね」


 ティアは僕の急な問いかけに不思議そうにしていたが答えた。


「そう。……深淵の名がついた理由は、分かる?」


 いくつもの世界を渡り歩き、戦いで淡々と敵を屠る姿。そして、表に出す感情の少なさに【あいつの心は暗闇のよどんだ淵にあって、小さな波すら立たない】と。皮肉を込めて、いつしかこの通り名がついたのだ。


 ティアは「んーと?」と首を捻っている。僕は苦笑した。


「……分からないなら、それでいいよ。世の中には知らなくていいこともあるからね」


 戦場を駆け、深淵と揶揄やゆされた僕が、こんなに心穏やかな生活を送れるなんて。


 僕の陰惨いんさんな過去をティアに話す日が来るかもしれないが、それは今ではなくていい。

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