11月12日『坂道』

「いつ見ても立派だなぁ」


 洋館うちから村へ行く途中には坂道がある。坂を下ってから、村へ行く道……ではなく、脇道を進んでいくと大きなお屋敷がある。周りは畑ばかりなので、三階建てのこの洋館は場違いというか、軽く違和感を覚えるほどの壮麗そうれいさだ。


 表門の呼び鈴を鳴らすとインターホンから応答があり、しばし待つ。固定電話が高級なので、インターホンなんてさらに珍しい。

 やがて執事さんがやって来て、門を開けてくれた。お客様として、うやうやしく礼をされ案内される。建物にたどり着く前に前庭を通るのだけど、季節の花があちらこちらで咲いていた。特に、秋バラは見事な花をいくつもつけていた。

 大きな玄関扉から中に入ると、客室へ通される。


 このお屋敷には毎月一度は招かれているけれど、毎回、緊張するな……。着慣れていない、よそ行きのワンピースのせいもあって動きがぎこちないものになる。


 いつも思うけど、ラビン師匠も一緒に来てくれたらいいのに!


「旦那様がいらっしゃるまで、少々お待ち下さい」


 促されて、三人掛けのソファーに座る。目が肥えていない私でも分かる、明らかに高級な革張りのソファーだ。

 メイドさんが温かい紅茶を持ってきてくれて、丁寧な所作でローテーブルへ静かに置いた。

 執事さんは少々と言っていたが、旦那様……もとい、お得意様のおじさんはすぐに来てくれた。


「やぁ、ティア嬢。よく来てくれた」

「お邪魔しております。お薬をお持ちしました」


 立ち上がり、ワンピースの裾をつまんで軽く持ち上げつつお辞儀する。向かいの、一人掛けのソファーに座ったおじさんは、人払いをすると、


「あぁ、堅苦しくしなくていい。いつも通り楽にしてくれ」


 許可が下りたので、私はソファーに再び腰かけて息を吐いた。


「はぁぁ。おじさんのお屋敷に来ると緊張します。このソファーも、ティーカップとソーサーも、高級品でしょうし。触るのが怖いくらいですよ」

「まぁ、それなりに良い品ではあるが……。たしか、値段は」

「あー、いいです!言わなくて!値段聞いたら多分もっと怖くなるので!」


 私が勢いよく首を左右に振りながら断ると、おじさんは「ほっほっほ」と朗らかに笑った。


 まずは、師匠から頼まれていた紙袋をおじさんにお渡しする。中身は、師匠が調合した薬。おじさんは、見た目では分からないが持病があるらしい。

 一ヶ月分の薬を渡すと、私とおじさんの世間話の時間になる。話題は、天気のことや、このお屋敷の敷地内で咲いている花のこと、私が最近覚えた魔法のこと、そして、少しではあるが師匠に対する愚痴。


 おじさんとの話題は尽きず、来た時は午後のお茶の時間だったが、あっという間に夕暮れ時になってしまった。


 帰り際、おじさんから薬の代金とは別に、簡単に包装された小さな箱を受け取った。


「これは?」

「ティア嬢のお師匠に頼まれていた物だ。稀少な品だったから、入手するのにちと時間がかかったがの。お代は先にもらっているから帰ったら渡しておくれ」


 そして、おじさんは執事さんやメイドさん達と一緒に表門まで来て私を見送ってくれた。



   ◆



「師匠、あのおじさんって何者なんですか?良い人なのは分かるけど。あんなに大きなお屋敷を管理維持できるほどの財力があるって、いったい……」


 夕食後、師匠と紅茶を飲んでいる時に質問してみた。おじさんのところへ薬を届けるようになって数年経つが、おじさんは自分のことはあまり話さない人なので色々と謎だった。


 師匠は紅茶の入ったマグカップをダイニングテーブルへ置くと、小首をかしげた。


「あれ?ティアに話してなかったっけ?あの人は、大きな街で宝石商をしていたんだよ」

「宝石商、ですか」

「そう。と言っても、十年以上前に引退しているけどね。家督は長男さんに譲っていて、今はその息子さんが切り盛りしているそうだよ」

「なるほど……。ん?じゃあ、師匠がおじさんに頼んでいた品って宝石だったんですか?」

「あぁ、まあ、そんなところ」


 おじさんから預かった小さな箱の中身は、宝石だったのか。しかし、師匠が宝石を注文するなんて。


「何かの魔法で使うんですか?召喚魔法とか?」

「そういう訳じゃないだけど……。あの宝石のことは、そのうち話すよ」

「……?はぁい」


 歯切れの悪い師匠に、珍しいなと思いながらも深くは追及しなかった。

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