11月10日『水中花』

 ベッドの中の心地良い暖かさに、もう一度深く眠ろうと思った。しかし睡魔が遠のいてしまい、うっすらと目を開ける。

 カーテンの隙間から日光が差し込んでいて部屋の片隅を照らしていた。


 ……うん?日光?


 まだ頭が半分寝ぼけているのを自覚しつつ、枕元の時計を見た。


「十二時かぁ……。ん?十二時!?」




「すみません!思いっきり寝坊しました!」


 急いで着替えを済ませ、キッチンにいたラビン師匠に慌てて謝った。

 師匠は小さなダイニングテーブルのいつもの席で、コーヒーを飲みながらのんびりとした様子である。


「あぁ、ティア。おはよう。そろそろ起こしにいこうかと思ってたよ」

「おはようございます!すぐに食事の準備しますね!」

「昼食なら僕が用意するよ」

「……はい?」




 十分後、食卓にはトーストと目玉焼き、それに野菜の切れ端スープが並んでいた。

 トーストは焦げてないし、目玉焼きは黄身が割れてないし、スープの野菜は細かく刻まれている。


「ティアが、たまには僕の手料理を食べたいって言ってたからね。ちょっと頑張ってみた」

「師匠……!久しぶりだから、焦げたトーストと、黄身と白身が混ざったスクランブルエッグと、火の通ってない野菜のスープが出てくるかと思ってました」

「そこまで腕は落ちてないよ。さぁ、冷めないうちに食べて。僕はさっき食べたから気にしないでね」

「では、いただきます」


 師匠の手料理なんて、いつ以来だろう。

 味付けが少し心配だったが、どれも素朴な味でおいしかった。


 スプーンとフォーク、ナイフを使って昼食をりつつ、師匠にたずねてみる。


「師匠。今日はどう過ごします?今日と言っても、もう半日過ぎてしまいましたが」

「そうだね、今日の予定は……お休みかな。ティア、君は午後もしっかり休みなさい」

「え。魔法の修行は?」

「お休み」

「じゃあ、家事をします」

「それもお休み。家事は僕がやる」

「えぇー。庭の手入れは?」

「それもダメ。ティア、自分では気が付いてないかもしれないけれど、君が昨夜ゆうべ使った魔法は魔力の消費量が多かったんだ。魔力欠乏症にでもなったら大変だからね。今日はしっかり休息を取るように」


 どう反論しても師匠の指示は変わらないようだったので渋々従った。昼食の後片付けも師匠に任せて、リビングで大人しく読書することに。


 許可を得て、師匠の本棚から分厚い魔導書を一冊借りる。

 この本は公用語で書かれているし、私でも読めるだろう。そう思っていたけれど。


「む、難しい……!」


 堅苦しい言葉が多く、目次のページから理解しきれない。仕方ないので自室から辞書を持ってきて、単語を調べながら読むことになった。



   ◆



「ティア、お茶にしよう。珍しいものを見せてあげるよ」


 魔導書の解読に軽く頭痛を感じていたので、師匠の提案には素直に頷いた。


 キッチンに行けば、師匠が耐熱ガラスのティーポットを用意していた。あれは、来客用にしている物なのだけど。

 私の視線に、師匠が答える。


「ガラスじゃないと中が見えないからね」


 私が席に着くと、師匠はケトルからティーポットへ熱湯を注いだ。


「これ、珍しいお茶なんだ。草のかたまりに見えるだろうけど」


 話しながら師匠は熱湯の中にそれを入れる。お茶らしいが、たしかに乾燥した草の塊にしか見えなかった。

 最初は浮かんでいたそのお茶は、次第に熱湯を吸って形を変えた。ゆっくり、ふんわりと。内側から外側へ、葉や花びらが広がる。


 数分経った頃には、ガラスのティーポットの中に花が咲いていた。お湯はほんのりと蜂蜜のような色になっている。


「綺麗……!」

「これは外国のお茶で、工芸茶って言うんだ。お茶を飲み終わった後には、水中花としても楽しめるよ」


 私が見とれていると師匠が解説してくれた。

 草の塊が、お湯の中でこんなに綺麗な姿になるなんて。


「世界には私が知らないもの、まだたくさんあるんですね」


 しみじみと言う私に、師匠はからかうこともなく、ただ穏やかに微笑ほほえみ「そうだね」と頷いてくれた。

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