11月9日『神隠し』
「困ったなぁ」
三日月の弱い明かりと、手持ちランタンの、これまた弱い灯りで辺りを見回す。
夜の森の奥深く、大きな針葉樹の根元に私はいた。
立ち尽くし途方に暮れる私の隣には、十歳ほどの子供が三人、針葉樹に寄り添うように地面で眠っている。子供達は寒さも気にせず熟睡中だ。
手元にあるのは手持ちランタンと師匠の
「はぁ……。どうしよう?」
◆
「嫌な気配がするな」
二人での夕食中、突然席を立ったラビン師匠はそう言った。裏口の方を睨むように見つめている。
……いや、裏口の方じゃない、もっとその先だ。
「師匠、森で何かあったんでしょうか?」
師匠が睨んでいるのは、恐らく森の方。私も意識を向けてみれば、たしかに嫌な気配がした。
何か、
もちろん、師匠の魔力ではないし、私の魔力でもない。これは、多分、
「人ではないモノの仕業だろうね。やれやれ、夕食はここまでかな」
師匠が言い終わると同時に、玄関の扉が強めにノックされた。すぐさま玄関に向かう師匠の背中を慌てて追う。
「ラビンさん!夕飯時にすまないね、ラビンさんなら何か知ってるかと思って」
師匠が扉を開ければ、雑貨屋のおばさんがいた。
おばさんは、いつもはおおらかで、のんびりした人なのに、酷く
師匠は冷静な口調で、おばさんに
「何があったんです?」
「村の子供が三人、行方不明になってて……!お隣の子もなんだけど、昼過ぎに森へ行くと言って……。ちっとも帰って来ないんだよっ。今から村の男衆が、森へ探しに行くところなんだ」
「なるほど、分かりました。森へ入る人には単独行動しないよう伝えてください。あと、絶対に灯りを持って絶やさないように、と。わたしも今から準備して、捜索に加わります」
「あぁ、必ず伝えるよ。三十分後に森の入り口の、掲示板前にみんな集まるそうだから……。ラビンさん、よろしく頼むよ」
おばさんは師匠を拝むように懇願すると、
「師匠、森へ入るんですか?もう日が落ちてから、だいぶ経ってるのに」
日没後に子供は森へ入ってはいけない。それはこの辺りでの掟だった。
日が暮れてから森に入ると、《よくないモノ達》に惑わされ神隠しに遭い、帰れなくなってしまうから。
私が不安そうな表情をしたためだろう、師匠は私を落ち着かせるように
「ティア、君は留守番してて。僕は村の人達と森へ入るけれど、ついてきてはいけないよ」
「私も行きます」
「ダメ」
「私だったら……!まだ大人じゃない私が行けば、行方不明の子供達、見つけやすいですよね?」
大人とも子供とも言い切れない、私が行けば。……囮ぐらいにはなるだろう。まだ見習いではあるが多少の魔法も使えるし、ちょっとは役に立つはずだ。
それになにより、師匠の帰りを一人で待つだけ、なんて嫌だった。
私の決意を察したのか、師匠は困ったように言った。
「……しょうがないな。分かった、一緒に森へ入ろう。ただし無茶はしないように」
「はいっ」
「それと、ティアは僕の魔杖を持って森に入って」
「師匠の杖を?」
「そう。肌身離さず持っているように。万が一はぐれてしまっても、杖があれば目印になるから」
そうして借りた師匠の魔杖と、手持ちランタンを持って、みんなと森に入った結果。
「早々にはぐれるなんて……!」
はぐれたおかげで、多分ここにたどり着けたんだけれども。
地面で熟睡する子供達は、声をかけても頬をつねっても、起きる気配がない。
「それにしても……。ここ、普通の場所じゃないよなぁ」
てっぺんも見えない大きな針葉樹を囲うように、魔力を感じる。ここの空間だけ、不思議な力で切り取られているみたいだ。
辺りを調べるため針葉樹から離れようと歩き出しても、気が付いたら元の場所に戻ってきている。
うーん、無限ループ?
「大人の眼には見えないようになってるのかなー。師匠なら、そのうち見つけてくれるだろうけど」
ただ、悠長に助けを待つ時間は無さそうだった。子供達の体温が徐々に下がっているし、私の魔力も吸い取られている感覚がある。
よくないモノ、がエネルギーとして吸収してるんだろう。
子供達と見習い魔法使いの、生命エネルギーと魔力……。滅多にないごちそうなのかな。
さて、どうしたものか。子供達を起こす魔法は使えるが、先にこの状況をなんとかしないと。
手持ちランタンと師匠の杖で、何ができるだろう。
「あ、そうだ」
ランタンは暗い夜を照らす物だし、杖はもともとは歩行を助ける物。
……この二つを合わせれば、帰り道を示してくれるのでは?
師匠が魔法を使っている姿を思い出す。
私は、あの人の弟子。やればできるはずだ。
「杖よ、深淵の名を
◆
「ティア!」
「あ、師匠〜。それに村のおじさん達も〜」
森の奥から、季節外れの蛍の群れと共に、ティアと眠そうな子供達が姿を現した。
先ほどまで僕が探知魔法を使っていたが、まだ正確な居場所が分かっていなかったのに。
「ただいま戻りました〜」
ティアが僕達の元へたどり着くと、蛍の群れは
へらり、とティアは笑っているが、その表情からは疲労が感じとれる。
子供達は完全に覚醒していないのか、三人とも寝ぼけ
「ラビンさん、ティアちゃん、息子達のために手を貸してくれてありがとう。お礼はまた今度、改めてさせてもらうよ」
みんなで森を出て、
「ティア、戻ってくるのに魔法を使ったね?」
「はい。大きな針葉樹のある、変な空間に閉じ込められてしまったので。師匠の杖と、このランタンのおかげで戻ってこれました。適当に使った魔法だったけれど、なんとかなるもんですね!」
「ティア?僕がどれだけ心配したか分かってる??ティアにも拳骨、落としてあげようか?」
呑気な弟子の頭にポンッと手を置くと、彼女から「げっ」と、悲鳴とも呼べない声が上がった。
「冗談、だよ。……心配したのは本当だけどね」
拳骨の代わりに、片手でティアの髪をぐしゃぐしゃにした。
髪を乱されティアは不満そうだったが、これぐらいはしておかないと。
「まったく。無茶はしないように、って言ったのに」
「あー。その点については、すみません」
「本当に心配したんだからね。でも、上出来だよ。……一人でよく頑張ったね」
僕が褒めると、ティアははにかむような笑顔になった。
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