11月7日『引き潮』

「そろそろ引き潮時だと思うんだ。僕はこの国を出るよ」


 酒場で祝杯をあげる仲間達の表情が一瞬にして変わった。みな、困惑し戸惑っている。


 雰囲気をぶち壊した自覚はあったが、もう決めたことなので答えは揺るがない。


「ラビン、何言ってるんだよ?南の大国との戦いがやっと終わったんだ。国王様に褒められて、褒美も貰って、これから俺たちは何不自由ない生活ができるんだぞ。わざわざ他国に行く必要なんてないだろ?」


 仲間の一人、ビーストテイマーの彼は、戸惑いながら引き留めようとしてくれたが、


「いいや、だからこそ、だね。僕達は、僕は、有名になりすぎた」

「それがどうしたのよ?あたし達、有名人になったし、これからは楽できるじゃない」


 拳闘士の彼女は完全に酔っ払っていて、陽気に笑っている。

 仲間達は、多少の癖はあるものの気のいい奴らだ。だが、僕から見れば、まだまだ若い。


「有名になれば、それ相応のデメリットもある。僕は、誰かに利用されるのも、逆に利用するのも、もううんざりだ。名声にも権力にも興味ない。衣食住に困らないお金があって、静かに暮らせればそれでいい。……だから、君達とはお別れだ」

「ラビン……」


 しんみりとした空気に若干の罪悪感はあったが、もう仲間達は理解したようだ。仲間内で、……否、この戦で一番敵をほふったのは、深淵の魔法使いと呼ばれる僕だ。


 僕の望む生活は、ここでは手に入らない。


 お祝いムードの楽しい空気を壊したお詫びに、僕はこう言った。


「東の方へ行くつもりなんだ。山と谷をいくつか越えた先に、それほど大きくはないが国が一つあるだろう?あそこは外国の風習や文化も取り入れる、多様的な国らしい。魔法使いは数が減っているそうだが、その分、重宝されているみたいだから。ちょうどいいかと思ってね」

「そっか……」

住処すみかが決まったら、手紙を出すよ。君達には世話になったからさ。何か困り事があったら、僕でよければ頼ってくれ。魔力のおかげで、僕はまだ長生きしそうだし」

「たしかに、あたし達の中でラビンは一番年長だけど……。ラビンが一番長生きしそうだよね」


 仲間達から小さな笑いがこぼれる。つい先日まで、戦場で戦っていたのが嘘のように。酒を片手にみんな笑っていた。


 ……辛く激しい戦いの日々だったが、この仲間達と、こうして笑い合い別れの時を迎えることができて良かった。


「今までありがとう。最後にもう一度乾杯しないかい?」


 いいね、と、みな頷き、酒の入ったグラスを掲げた。


「では、みんなの輝かしい未来を願って……。乾杯!」


 仲間達とグラスを当てて、彼等のこれからの幸せを願った。



   ◆



「ラビン師匠〜。古い写真が出てきましたよー」


 師匠の自室の本棚を整理するよう頼まれて、黙々と埃を払ったり、分かる範囲で並び替えをしていた。すると、一冊の本のページに白黒写真が一枚、挟まっているのを見つけたのだ。


 リビングで魔法具の手入れをしていた師匠に声をかけて写真を渡した。


「ずいぶん古い写真ですね。紙が傷んでいるし。でも、ここに写ってるの師匠ですよね?」

「あぁ、懐かしいなぁ。ティア、これは昔の仲間と一緒に撮った写真なんだ」

「あのー?昔撮ったにしては……、師匠の見た目、今と全然変わってないんですけど。師匠って、何歳なんですか……?」


 恐る恐るたずねてみたが、


「内緒」


 師匠はニコリと微笑ほほえむのだった。

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