11月6日『どんぐり』

「ラビン師匠〜。師匠宛の手紙が届いてますよー」


 師匠の部屋の扉をノックする。返事はない。


 朝食後に『二度寝するから』と師匠は宣言していたからなぁ。

 とはいえ。この手紙、配達員さんが手渡ししてきた速達郵便だった。急ぎの用件だと思われる。


 しつこいくらいに何度かノックしていたら、ドアノブがガチャリと音を立てて回った。


「ふあーぁ。ティア、なぁに?二度寝するって、さっき言ったのに」

「師匠宛の手紙が速達で届いたんです。差出人は外国語で書かれているので、私には読めませんでしたが」

「手紙?どれどれ」


 師匠はあくびをしながら手紙を受け取ると、封筒の端をびりびりと雑に破いて開封した。ペーパーナイフを使うのが面倒だったんだろうな。


「あぁ……。これは予定変更だな」


 手紙を読み終わった師匠はそう言った。


「ティア、外に行くから支度をして。暖かくて動きやすい服装にしてね」

「外?何をしに行くんですか?」

「森でどんぐりを集めるんだ」

「……はい?」



   ◆



 洋館の裏手から少し歩いた先には広葉樹が多い森がある。二人で森に入ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。


 私は師匠の指示通りにどんぐりを拾って、トートバッグに入れていく。師匠は魔法を使って地面のどんぐりを宙に浮かせ、かごバスケットに入れていた。


「種類や大きさが違ってもいいから、できるだけ数を集めて」

「はーい。ところで、どんぐりなんて集めてどうするんですか?」


 足元にまた一つ、どんぐりを見つけかがんで拾った。


「西方の隣国に住んでいる友人に届けるんだ。彼はビーストテイマーでね」

「ビーストテイマー……。えっと、猛獣使い?」

「そう。まあ、彼が扱っているのは猛獣じゃなくて野にいる動物だけれど。使役させている動物達に食べさせるどんぐりが欲しいそうだ」

「へぇ〜。あの手紙はその依頼だったんですね」

「うん。あちらの国では今年、山の実りが悪いらしい。隣国とはいえ、山をいくつか越えた先だからこの国とは事情が違うんだろう。……さて、そろそろ場所を変えようか」

「え?どんぐり、まだたくさん落ちていますよ?」


 師匠は籠バスケットの中身を確認しながら、諭すように言う。


「森の実りは、みんなのものだ。取り尽くしてしまっては次の木々も育たないからね」



   ◆



 何度か場所を変えて、どんぐりを集めて持ち帰った。

 休憩がてら昼食をり、午後はどんぐりの選別をした。緑の若いどんぐりや、虫食いがあれば取り除いていく。


 日がだいぶ傾いた頃、選別作業がやっと終わった。大量のどんぐりを目の前にして、私の頭に疑問が浮かぶ。


「このどんぐり、どうやって届けるんですか?」


 師匠はニヤリと笑った。


「僕は魔法使いだよ。これくらいの量、魔法で届けられるさ。ティア、納戸なんどに古い帆布はんぷがあるから屋上まで持ってきて」


 言われた通りに納戸から帆布を探してきて屋上まで運んだ。

 私が屋上についた時には、タイルの床に青いチョークで魔法陣が描かれていた。魔法陣の中心には師匠が立っている。


「師匠、帆布持ってきましたよ」

「ありがとう。この魔法陣の上に帆布を敷こう」


 帆布を広げ、二人で端と端を持ち魔法陣の上に敷く。そして、先ほど選別したどんぐりを帆布の中心に載せた。


「これで準備はおしまい。さて、君の前でこの魔法を使うのは初めてだね。よく見ておくように」


 私が邪魔にならないよう帆布から離れると、師匠は屋上の隅に置いていた魔杖まじょうを手に持った。帆布の側に立つ師匠の体から、魔杖から、魔力がじわりとれ出てくる。

 とても濃くて重い魔力。息苦しさを感じるほどだ。


 囁くように歌うように、師匠は呪文を詠唱する。


「古き布よ、海渡る力を持つ布よ、その姿を変えたまえ。風よ、野を分け吹く風よ、空渡る翼を授け給え」


 師匠の魔力が帆布に注がれてゆき、布の端がめくれ上がる。まるで、折り紙のように折られていく。ぱたん、ぱたん、と帆布はどんぐりを包み込み、さらに折られていった。


 最終的にできあがったのは、


「……鳥?」


 帆布は立体的な姿になり、それは鳥に見えた。

 翼を得た帆布は、ばさり、と大きく羽を動かすと宙に浮く。そのまま、屋上から夕日が綺麗な西の空へ飛び立って行った。


 師匠の魔力はいつの間にか薄くなっていて、彼は満足そうな表情で西の方を眺め頷く。


「久しぶりに使った魔法だったけれど、上手くいった。あのまま西の山や谷を越えて、どんぐりを届けてくれるだろう」

「隣国まで……!師匠はこんな魔法も使えるんですね!」

「まぁね。今の魔法を応用すれば、異世界にも手紙や荷物を運べるよ。その場合、魔力の消費量はかなり増えるけどね」

「すごい……」


 師匠の使う魔法に、久しぶりに感動を覚えた。

 この人は、食えないところもあるし、料理は苦手だし、私のことを時々からかうし、他者の感情にうとい。けれど、やっぱり


「ラビン師匠は一流の魔法使いですね」

「ティア、今頃気が付いたの?僕は、その気になれば国の一つや二つ簡単に滅ぼせる、凄まじい魔力を持ってる優秀な魔法使いだよ?」


 師匠がおどけて言うので、私は思わず吹き出して笑ってしまった。

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