弐
春も終わりに差し掛かった。
桜は散り、賑わっていた稲荷餅有数のお花見スポットは静かになった。
「あ~~、これはこれは……」
「どうしたの?」
伊久実はベテランパートの女性が困っている声を聞いて、店外の出入口にいたところ、声をかけた。
「あー、良い所に来た」
「わ~~、これは……」
伊久実はパートさんが困っていた理由が詳しく話を聞かなくとも理解せざるを得ない業況が目の前にあった。
飯森食堂前の道路に多くの段ボールが置かれ、今まさに軽トラから下ろしていたところだった。それは大量のほうれん草だった。
「お疲れ様です」
伊久実は大量の段ボールを下ろしているお世話になっている農家さんへ話しかけた。
「あー、伊久実ちゃん。お疲れ様です」
「あの~~、この段ボールは?」
「それが、今年はほうれん草の育ちが良すぎて、規格外だからどうしようと思って」
次々に車内から段ボールの箱、箱、箱が下ろされていく。
「伊久実ちゃんのお母さんに連絡したら味は変わらないから皆引き取ってくれると言われたから、値段は変わらずに多めの量で持ってきました」
結局、箱の数は通常十箱以内で収まる量が今回は倍となった。
「それでは、毎度ありがとうございました」
「ありがとうございます」
生産者を乗せた車は飯森食堂を後にして行った。
「さてどうしたものか……」
使える量だけほうれん草を箱から出した伊久実は自宅のキッチンでこれだけの量を期間内にお店で提供する方法を考えた。
おひたしなどで定食のわき役として出すのは一般的でいいものだとポジティブシンキングにしようとする。しかし、それではこの時期の野菜としての立場は薄い。
これだけの量を貰ったからには食材の救済を考えてグラタンや魚の魚煮つけあんかけなどを考えた。
「とりあえず、これでいいか」
後日、考えたアイディアは早速店内で提供された。
三日後。
ほうれん草の量はそこまで甘くはなかった。しかし、豊作はほうれん草だけではなかった。
「ごめんください」
店内に入って来た男性の声がした。
「は~~い」
パートさんが出て対応した。
何やら、一緒に外へ出て行った。
数分後、戻ってた。そして、伊久実のことを探していたのか、私の顔を探してこう言った。
「伊久ちゃん、一緒に見てくれないかな」
嬉しいような、大変なようなそのような気持ちに伊久実はなった。
伊久実が目にしたのは豊作のマアジの箱だった。
ほうれん草にマアジ。そこまで頭を抱えるようなものではないのだろう。この季節限定退寮豊作された食材たちをわき役ではなく、メインとして提供したい。飲食店店主の気持ちだ。そう、伊久実は新たな方法を考える。
とりあえず、マアジはある程度、冷凍が利くので近々やって来る初夏に対するバテを克服応援として、ある程度冷凍することを考えた。
ほうれん草だが、食堂で提供できる範囲はもちろん幅広い。今までなかったものを提供したいと思い、ある人物にほうれん草を送った。
「伊久ちゃん。試作品できたから、味見してくれないかな?」
「できた!? よし、食べよう!」
伊久実はこむぎの会社にほうれん草を送り、ほうれん草のバームクーヘンを共同開発という形で作り上げた。
何回か改良を重ね、バームクーヘンは受注販売型で1ホール、小分け売りで飯森食堂とむぎまめ麵生家で販売することになった。
販売開始は一週間後。
伊久実は、一つも残さず今日も食材を使い切るのだった。
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