春の章

 城、寺、神社が栄え、共存しあっている町。稲荷餅。

 この町は東西南北を四つに区分された地区が存在する。それは南東地区、南西地区、北西地区。そしてそのうちの一つ、北東地区に稲荷餅のみならず、全国に名を轟かせる老舗大衆食堂がある。

 それは創業六十年続く、飯森食堂だ。


 澄んだ空気が漂う朝。

 食堂からショルダーバッグを背負った小学生が出てきた。

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃ~~い」

 食堂の従業員達が彼女を見送った。


 飯森 伊久実は飯森食堂の看板娘。そして、もう一つの草鞋は稲荷餅小学校の小学六年生。自宅から学校まではおよそ十五分ほど歩く。

 学校までは平たんな道が広がる。なぜなら、伊久実のお店や学校を含め、稲荷餅は碁盤の目のような古くからの町づくりや特徴が残っている。

 昔、この地域を収めていた王や豪族達が都にするいい土地だと、古くから都として栄えていた場所だった。

 現在も、御所や山沿いの城などが観光客に人気の場所となっている。


「あっ」

 登校の道中、前にいた同じ制服と馴染みのあるショルダーバッグを背負った女子生徒に見覚えがある。

「お~~い! 玉~~!!」

「あら、伊久実。おはよう」

 彼女は白月玉穂。伊久実とは物心つく前からの友人であり、小学校の同級生。そして、何よりも同じ飲食店を経営、運営を行う同志だ。

 玉穂のお店は飯森食堂と隣同士の甘味処・玉月。こちらも長らく営業している人気の甘味処だ。

 季節の果物や食材を生かしたあんみつや和菓子が人気のお店。


「は、は、は……ほっ、お~~い!」

 後ろから二人にとって欠かせない仲間の声がした。

「ま、待って~~」

 伊久実と玉穂の後ろから大きな呼吸を漏らすのは、麦荳こむぎ。彼女も幼馴染で同級生。そして、製粉会社・麦豆製粉株式会社の社長令嬢でありながら、小学校入学直後から任されている製粉会社の子会社にあたる、むぎまめ麺生家の一代目店長(仮)を担っている。


「むぎ、今日は遅かったね」

 伊久実はいつも自分の前を歩く彼女が遅くに家を出たことを言った。

「ちょっと、ね。はっはっは……」

 こむぎはまだ息が上がっていた。

「しょうがないわ。むぎちゃんは朝から夜遅くまで忙しのだから、寝坊したと言っても無理ないわ」

 玉穂はこむぎが寝坊で遅れたと本人が言う前に断言した。

「玉ちゃん! 寝坊したって、言いきらないでよ! 本当は、少し寝過ごしちゃったけど……」

「流石、私達小さい時から一緒だから、少しの変化にも築く私達だね~~」

 伊久実は自分達がこれまで築いてきた絆の太さを感じる。


「それよりも、二人とももちろん今回のテスト勉強はしてきたよね?」

 玉穂は話を変えて、進級早々に行われるテストについて言った。

「えっ!?」

 伊久実にとっては寝耳に水だった。

「まさか、何も用意していないとは言わせないわよ……。伊久実」

 玉穂は信じられないというような顔をした。

「そうだよ。特に、よそのお家のことは知らないけど、私達経営者には厳しい目を向けられているから、ここでもいい点数は出さないとだね」

 こむぎがいつにもまして厳しいことを言っていると感じた。

「どうしよ~~」

「そんなこともあろうかと、今までの内容をまとめたノートは作って来たわ」

 そういうなり、玉穂はバッグから数枚の復習用ノートを見せた。

「お願いします、玉穂様!」

 伊久実は同級生の玉穂に様までつけて懇願した。


 進級お祝いテストが終了した。

 学校から帰宅した伊久実はお店の作業着に着替える。

 そして、ここから怒涛の夕飯タイムが始まる。

「はい、いらっしゃいませ~~。順番にお並びくださ~~い」

 早い時間では夕方五時から夕飯を求めて飯森食堂へ訪れる。

 朝昼夕と力仕事からビジネスマン、子供連れまで大人気の大衆食堂、飯森食堂。

「はい、サバの味噌煮定食です」

「はい、特大かつ丼定食です」

「お客様、お伺いします」

 この仕事を平日は夜七時半まで、休日は八時まで行う。

 ピークの時間には手慣れた従業員が必要になるので、飯森家の筆頭弟妹である伊久実は欠かせない戦力となっている。

 この日は通常通り、七時半に上がることができた。

 朝食同様、炊事場に置かれたお盆を自宅のリビングで食べる。


 土曜日。

 今日は一週間に一日あるかないかというくらい希少な休日を伊久実はリビングで過ごしている。

 その格好は休日の男性サラリーマンのようだ。もちろん、目の前には大型テレビで土曜日の情報番組を見ている。

「みなさん、ご覧ください。朝に獲りたての真鯛です。こちらは漁師さんです」

「今が旬なので、是非食べてほしいです」

 伊久実の頭上に見える人には見える大きな感嘆符が浮かび上がった。


 伊久実は炊事場にいる母へ声をかけた。

「ねえ、お母さん。市場に行きたい」

 忙しことは理解しているので、サクサクと会話が進めるよう簡潔に目的を言う。

「そう、お金足りる?」

「足りる」

「行ってらっしゃい」

 まだ、小学生なので、出かける前には事前に報告をする。これは家族を心配させない心遣いだ。

 伊久実はいくつかの公共交通機関を乗り継ぎ、市場まで春の魚メニューや新メニューのアイディアを求めて市場へ行った。


 午後三時前。

「ただいま~~」

 伊久実は市場から帰って来た。

 自宅のキッチンへ移動し、早速魚の仕込みを始める。


 幾つか候補となる料理を作り、夕飯に家族へ味の評価をお願いした。

「うん。美味しい」

「でも、値段高いから普通の定食よりは値段が明らかに張っちゃうね」

 審議の結果、二つほどの料理が採用された。


 月末の金曜日。

 特別価格で提供した。

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