序章6 金髪幻想少女・不知 / 誓い
「ただいま」
「あ、お疲れ透さん」
「話してたこの子、任せた」
海衣じゃない誰かにそう言うと、透は階段を上がっていった。私を城に迎える準備があるらしい。
「はーい、話し相手になっとくよ」
蒸留酒色のカーペットを行進して城にずかずかお邪魔した海衣とその前を歩いた透を出迎えたのは、金髪美少女だった。
淡い黄色の大きな毛布に頭までくるまって間から僅かに顔を出し、一般のご家庭では見られない巨大でふかふかの高級なソファーでうつぶせに寝そべりながらノートパソコンを打鍵している。
なんだか雰囲気から眠そうだった。
なんならかなりの頻度であくびしてるし。
居場所に困った海衣は、寝そべる金髪少女の向かいのソファーに座ることにしたた。
城の一階は広いエントランスになっており、見るからに高価な調度品で埋めつくされていて壮観だ。
落ちてきたらあぶなそうなシャンデリアが天井につってあるが、それは使われずに放置されている。
代わりに広いエントランスの一部分だけを照らすフロアースタンドが置かれていた。
「え、この人が」
液晶画面を直視したままで、金髪は無遠慮で無愛想にそう呟く。気怠げなアルトイスだった。
「えっと、海衣といいます」
「……そう」
金髪の少女は頭を動かして海衣を一瞥すると、視線を画面に戻ししばらくパソコンのキーを叩いて、それから自分を毛布にくるんだまま体を起こした。
素足でカーペットをふみながら毛布を引きずり、不知の向かいのソファーに座った海衣の方に近づいてくる。
そのまま顔を海衣の顔至近距離に寄せてきた。
海衣の目と少女の目がぴったり合う。
相手の呼吸音まで聞こえるほど近かった。
「ボクのこと、分かる?」
「え、初対面だよね? ……ってボクっ娘! かわいい!!」
海衣ならまずはそこに食いつく。
「ええ……」
思いっきり引かれてしまった。
開かれる二人の距離に海衣は不満げにする。
呆れたようにそれを無視して金髪美少女は、
「分からないならそっちの方がいい。ボクはここで不知って名前だからよろしくね」
「ふち? 崖っぷちのふち?」
「は? 不知案内の不知。ちなみに透さん命名だから」
「独特なネーミングセンス……あたしも負けてられない。不知はあたしが「不知ち」と呼ぶことにする!」
「うわ、謎の透さんへの対抗意識」
「それにしても透さんって呼びかた、お父さんみたい」
「そういって透さんも嫌がるよ」
嫌がるというのに、透の呼び方を変える気はないらしい。
不知は話しながら海衣から離れ、どこかに毛布を引きずって行く。
見ると壁際のコンセント横にあった給湯ポットを手に持っていた。
広いエントランスだと大変そうだなとぼんやり見ていると、不知は湯気が立つ紙コップをもって帰ってきた。
「はい、お湯」
ソファーの脇にあったもう一つの色違い毛布もいっしょに差しだされる。
「……ありがとう、不知ち」
正直、透の空中走行ですっかり海衣の体は冷え切っていたのだ。
温かいお湯は味こそしないものの、心までじんわり暖めてくれる。
不器用な不知のやさしさに絆されて、ただのお湯の癒やしパワーが何百倍にもなる。
不知は「ほんとうにそのふざけた名前で呼ぶのね……」とため息をついたが、海衣は癒やしの一息をついた。
「気が利くねやさしい」
そういって海衣は、毛布からちょっこり出ている不知の金髪をやさしく撫でた。海衣は手のひらから、不知の温かさを感じとる。
「な、なに」
不知は戸惑うと、すぐに海衣の手を不知の手で掴んで頭から下ろさせる。
名残惜しかったがこれからの友好関係のためにも、海衣はそれくらいで自重しておくことにした。
「これからここに住むの?」
毛布に沈んでから気を取り直した不知が尋ねる。
「私はそうしたいな」
願望も込めて、言葉に力をこめた。これからどうなるのか分からないけど、それでも透や不知と一緒にいられたら何も怖くないと思えたから。
「そっか。ここにはボクと透と、あとレイって子がいるけどみんな良い奴だよ、ボクにはもったいないほど」
そう言いながら、不知はみかんも海衣に投げてきた。
なるほど、これからの仲間はもう一人いるのかと、海衣はその存在に想像を巡らせながら、みかんも受け取り、ほおばる。
もう一口、不知が淹れてくれたお湯を飲む。温かった。
「金髪、きれい」
コミュニケーションは相手を褒めることからだと母に聞いたから、容姿を褒める。単純に海衣が褒めるのが好きだというのもあった。
「地毛じゃないけどね」
「え、解釈不一致」
布団にくるまってて、出したのもお茶じゃなくてお湯なところからして、不知はだらだらキャラだと思ったのに。
わざわざおしゃれに気を遣って長い髪を金に染めたのかと訝しがるが、さっきからちらちら毛布の隙間からのぞく弛みきった上下ジャージ着からしても、やはり不知はだらけキャラなのだ。
「うわ面倒くさい……」
ほら面倒がった。やっぱりだらだらキャラだなと海衣は再び決めつける。
これは完全に海衣が悪い。
海衣の様子に呆れきってか、不知はあくびをしながら再び目線をパソコンの画面に戻してしまった。
「なにしてるの?」
手持ち無沙汰で、海衣はまた不知に話しかけた。
「情報収集」
短く返される。こりずに海衣は不知に微笑みかける。
「私も情報収集、よくやる! オタクは推しの情報に命を懸けるもん。どんなことでも知っておきたいし、独占欲強いかな、えへへ」
「……そっか」
どうしてか、不知の声のトーンは落ちた。
海衣は焦る。何か不味いことを話しただろうか。すぐ前の自分の言葉を探るが特に心当たりはなかった。
海衣のせいではないのか、それとも気のせいか、それならいいのだが。
「なんの情報を集めてるの?」
「うーん、世界の闇の、だね」
不知は毛布の下から薄く微笑む。
「ほやぁ」
海衣はぽかんとした。
「なにか知りたい情報、ある? この世界についてのこと。これでも一般人より遙かに知識があるし、裏ルートから拾えるよ」
不知は部屋の隅に顔を向けながら、そう提案する。
海衣も、知りたいことならたくさんあった。
夢の中で神から聞いたことの、信憑性についても。でもなにより今の海衣の、一番の心残りは、
「……母さん」
「ん?」
「母さんがまずどこかにいなくなって、なぞの男たちが現れたんだけど……」
海衣は不知に、今日の男たちの襲撃についてつまびらかに話した。
「……なるほど」
聞き終えて、不知は頷く。
「母さんって、何者だったのかな。母さんが逃げたあと、戦闘服の人たちが探してた」
「未末家は……謎の宗教団体で、政府に大きな影響力を持っていた」
「え?」
宗教と聞くと怪しく思えてしまうくらいには、海衣の生活に宗教との関わりがなかった。
「とかくらいなら、聞いたことある。『未末忠常』って聞いたことない?」
「うーん……」
「大物だよ、この人。何代か前の経済界のトップ。海衣のご先祖様じゃないの」
「えー知らなかった」
思えば、お母さんから何も教えてもらっていなかった。
お母さんが仕事をしているという話は一度も出てこなかったし、そのくせ言い訳をして何日も帰らないことが時折あった。
たくさんの大きな大人たちと、怖い顔をしていた年少期の記憶を思い出す。
海衣のなかで、不安と懐疑の気持ちがむくむくと膨らんでいく。
「どうしてるんだろうな、ママ……あ、母さん」
慌てて言い直す。母さんをママと呼ぶのをやめたのはいつだっけ、と海衣が過去を振り返っていると、不知は遠い昔を見ているような瞳をしていた。
「……その響き、懐かしいなあ。両親、か。ボクのそれはどこでなにしてるやら。ここではみんな訳ありだから、そう言う話題にならないんだよね」
透や不知に、訳あり――辛い過去があった。
そんな目線で思い返すと、少ないこれまででも透や不知は、たまに悲しい目をしているようなことがあった。
透や不知が会ったばかりの海衣に対してこんなにも優しいのは、厳しい辛さを知っているからなのだろうか。
「そうなんだ……ごめん、思い出させちゃって」
「いいや? 正直ね、ここにいるみんなは縛られすぎなんだと思うよ。」
「え?」
「ボクたちは広い家に三人で支え合ってきたけど。どこか窮屈な心でいて、信じあうはずの仲間と、ボクたちを責めてくる世界に、遠慮がちに生きてきた」
俯いて、不知は言う。
「ずっと、停滞しているんだと思う。これからも変わらないか、だんだん崩れていくか、それだけ……だった、はずだけど」
不知は、海衣の目を見た。
「だから……海衣が仲間になって、どうなるか。楽しみだね」
子どもみたいに笑った不知に、くいっと指をさされる。
海衣はあっけにとられて口をぽかんと開いて、でもすぐにいつもの海衣を取り戻した。
「任せろ!」
仲間と暮らす城を海衣に褒められたときの透の微笑み、これからの未来と未末海衣に期待をする不知の笑顔を受け取って、もっとその笑った顔を見たいと思った。
だから。
「あたしが、不知ちも、透も、仲間をいっぱい笑顔にする!」
海衣も笑顔で、そう宣言したのだった。
「これから、よろしく!」
海衣は血色ある手を、不知に差しだす。
「よろしく」
不知も、これまでキーボードばかりに触れていた細い指を海衣に触れさせる。
「仲良しみたいでなにより」
ちょうどいいところで、透が2階から下りてくる。
「透も、透も!」
海衣は不知の手を掴んだままぴょんぴょん飛んで、透を輪の中に招きいれる。
「なに?」
透も近よってきて、三人で輪になる。
「この城から私たちは邁進しよう! えいえい、おー!」
「おー」「おー」いまはてんでばらばらに揃わない、三人の声だけど。
いつか、きっと重なって、笑顔がやまないと信じて。
「あ……雨だね」
「ほんとだ」
天井上をぱらぱら粒が叩く音、古い構造をすきま風が吹く声。
少しくもった窓ガラスの外をのぞくと、水たまりに雨粒が落ちている。
エントランスからは暗い路地しか見えない。都市開発やらされるうちにこの大きな建物は大きな通りから外れて、誰からも見られなくなってしまったのだろうか。
騒がしい外の社会とはすっぽり守られて隔絶されたようで、むしろ海衣は落ち着きがある奥まったほうが好きだ。
これから、ここが海衣の家だ。ずっと、海衣の家だ。
どんな異世界ファンタジーがこの世界に待ち構えていようとも。
仲間と一緒に笑って生きていく。
海衣は、心に誓った。
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「この城から私たちは邁進しよう! えいえい、おー!」
三人の団結を物陰から覗く、一つの影があった。
「…………。」
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