2-5

 クオイトは暗い洞窟を魔法の灯りを頼りに歩いた。すると人と思われる足音がする。そちらへ向かった。人と会えば情報を得られるのではと考えたのだ。


 足音は複数人のものだった。五人がまとまって歩いている。

 布製の靴を履いているのか、響くような音はしない。


 クオイトは灯りの下にいる。真っ暗なこの洞窟では非常によく目立っていた。

 相手が誰であっても、すぐに見つけられてしまうだろう。クオイトは隠れずに、洞窟の中央を歩いた。


 向こうからも光が近づいてくる。五人の影が見えてきた。その五人は銀色の刺繍が施されたローブを纏っている。


 見覚えがあるローブだった。魔法都市の魔術師には、こういうローブを着る者たちがいる。

 魔術師としての階級によって、着用を許されるローブだ。銀色の刺繍は、確か中堅だ。駆け出しではないが、最上位でもない。

 とはいえかなりの強者だろう。確か銀色は全魔術師の上位三割に入っていたはずだ。とはいえ、上二割には及ばないはずだが。


 お互いの顔が見えるほど近づいた。挨拶の前に不穏な気配を感じる。魔術師が障壁を張ったのだ。ピリピリとした空気が痛い。

 どうやら友好的とはいかないようだ。


 五人の魔術師の中央のひとりが声を上げる。


「誰だ君は?」

「俺はクオイト・ルエクティロ。そちらは見たところ、魔法都市の魔術師で間違いないか?」

「そうだ」

『やっぱり魔術師なんだ』


 リズアの声はクオイト以外には聞こえない。声に出して答えると、他者から不信に思われるだろう。

 クオイトも頭の中で答える。


『そんなこと、見ればわかるだろう』

『そうだよね。昔も今も、あまり格好が変わってないのがさ、なんか嬉しくて』

『じゃあリズアも砂になる前は、あんな感じだったのか』

『そんな感じ。でも実力は違うよ。私は優秀だったから』

『あんなゴーレムが闊歩するところにいるんだ。向こうもそれなりだろう?』

『かなぁ? 実力はあまりだけど、経験は積んでいるみたい。術式の展開にムラがなかった』


 確かに障壁の展開は自然なものだった。


『リズアがそんなに優秀だったなら、あれひとりでなんとかできるか?』

『クオイトの魔力が少なすぎて難しいかな。ゴーレムの退治で魔力を使わず、その上で一対一ならなんとかできたかも』


 魔術師のひとりが、手をこちらに向けた。その指先が赤く光る。


「貴様はどうしてここにいる? 答えによってはこのまま拘束させてもらう」

「拘束されたらどうなるんだ? 魔法都市まで連行してくれるなら、喜んで捕まるんだが。ここから歩いてどれくらいかかる?」

「質問に答えろ。何故ここにいるんだ?」

「正直、自分でもわかってない」


 魔術師の態度から察するに、ここはかなり重要な場所らしい。ただの洞窟にしか見えないが、立入禁止に指定されていると考えて、まず間違いないだろう。


 ひとつ思い当たる節があった。それは魔法都市の地下にあるというダンジョンだ。

 かつて魔法技術によって繁栄していたという古代都市が存在していた。その街は戦争により滅び、今では瓦礫となって地中深くに眠っている。


 地下ダンジョンには古代都市で使われていたマジックアイテムや魔導書、魔法生物のレシピ、その他にも多くの物が埋没している。

 それらは全て優れた技術だ。おそらくだが黒翼の杖も地下ダンジョンで発見されたマジックアイテムだろう。


 かつては盗掘者もいたという。魔法の痕跡を欠片でも見つければ、莫大な金銭を得られたからだ。

 その昔に盗掘者経由でとある亜人へ、魔法技術が流出するという事件が起こる。魔法都市はそれを良しとしなかった。この事件がきっかけで、ダンジョンは厳格な管理化に置かれるようになる。


 今ではダンジョンへの入場に、厳しい審査と試験を通過しなければいけない。それらを通過しても、入れるまでには日数が掛かるそうだ。

 当然それら規制を無視してダンジョンに入ってはいけない。やってしまうと重い罰が下される。


 ここが本当にダンジョンなら、魔術師たちの臨戦態勢にも納得できる。クオイトは不正に入場した、盗掘者に見えていることだろう。


「信じてもらえないかもしれないが、おそらく俺はここへ転送させられたんだと思う。ここにいるのは本意じゃないし、外へ出られるなら喜んで付いていくよ」

「転送? 転移か? ありえない。ダンジョンへの転移は阻害されるはずだ」


 やはりここはダンジョンのようだ。


「じゃあ、上から落ちてきたのかな?」

「何をふざけたことを」

「ふざけてないんだけどな。とにかくさ、移動しないか? どうせ俺を捕縛する以外の選択肢はないんだろう?」

「いいだろう」


 緑の光が瞬くと、光と同じ色の縄が現れた。それがクオイトの腕を縛り上げる。手はまだかろうじて動くが、肘までが完全に固定された。命を取られるわけでもなし、抵抗する必要はなさそうだ。


 五人の魔術師に囲まれながら、移動を開始した。こちらを見る目には警戒心ばかりが宿っている。


 魔術師のひとりが囁き声で、別の魔術師に耳打ちをする。とても小さな声だったが、ここは無音の洞窟である。十分すぎるほどよく聞こえた。


「ゴーレムはどうする? 放置しておくわけにはいかないだろう?」

「そうだな。新たな命令を飛ばし、ここへ呼び戻せるか?」

「それがさっきから命令が届かない。もしかすると暴走した魔法生物と出くわしたか、古代の罠を踏んだのかもしれない」


 どうやら先程のゴーレムは、この魔術師たちが差し向けたもののようだ。


「ゴーレムって、赤い目をした鉄製のか? あれなら俺が壊した」

『リズア、どうやって壊したんだっけ?』

『魔法術式。本体は傷つけてないから再利用できるはずだよ』

『そうそれ』

「魔法術式を壊した。本体は傷つけなかった、というかできなかったんだけど。だから再利用できるはずだ」


「何だって? 術式を壊した? 私の最高傑作だぞ」

「玩具を壊したのは悪かったけど、こちらも命がかかってたんでね」


 クオイトが軽く出した言葉は、魔術師たちにとって衝撃だったようだ。足が止まり視線が集中する。

 魔術師たちは銀色刺繍のローブを纏っている。最上位ではなくても、かなりの実力者揃いだろう。その全員が驚いている。

 もしかしてリズアの魔法能力は、予想を遥かに上回っているのではないだろうか。そんな予感を覚えた。


「ゴーレムを回収するなら、そこまで案内するけど」


 とりあえず沈黙は嫌だった。


「貴様、ルエクティロとかいったな。見たところ魔術師でもない貴様がどうやって、術式を解除した? 二重に鍵を掛けていた。あれはそう簡単に読み解けるものではない」


 その目はもう敵意を隠そうともしない。きっと盗掘者だと確信しているのだろう。

 事実そうではないかとクオイト自身も思っている。リズアは魔法知識の泉だ。魔術師との会話でよくわかった。それを外へ持ち出そうとしているのだから。


 とはいえ認めるわけにはいかない。盗掘者だと断定されたら恐ろしい処罰が待っている。


「俺はフリーで傭兵や便利屋のような仕事をしている。必然的に魔法の知識も増えていくんだよ。それも実践的な。今回は運がよかった。以前に似たゴーレムを見たんだよ。そのときに解除方を教わった。うろ覚えだったけどな。今回うまくできたのは運だし、またやれと言われてもできる気がしない」

「どうだか。調べればわかることだ」


 より監視が厳しくなる。それからゴーレムを回収し、魔術師たちに連れられて進んだ。

 坂を上がり、階段を上り、上へ上へと進んでいく。すると魔法灯がちらほらと見え始める。ようやく人気がある場所まで戻ったのだと安心をした。


 その後、狭い部屋へ通されて、あれやこれやと質問をされた。身体検査を受け、あれこれ正直に答える。

 ペスケル・エン・カイヤに招待されたこと。エン・カイヤの邸宅が襲われたこと。可能な限り正直に答える。リズアについてだけは隠し通した。


 しばらくするとエン・カイヤの使用人が迎えに来てくれた。彼の顔を見たことで、洞窟は地下ダンジョンで、ここは魔法都市なのだと心の底から確信できた。

 一時は遠い地まで空間転移させられたと思いこんでいた。勘違いで本当によかったと思う。


 エン・カイヤの使用人が取り計らってくれたおかげで、晴れて放免された。

 ペスケル・エン・カイヤの名前は、とても聞き心地がいいらしい。使用人が来て放免までは早かった。


 しかし地下ダンジョンへの侵入者を、こうあっさり開放するとは驚いた。魔法都市にとって、地下ダンジョンは最高機密だ。

 思っていた以上に、エン・カイヤはこの街で権力を持っているのかもしれない。


 日付は晩餐会の翌日で、時間は朝になっていた。

 エン・カイヤ邸へ戻る道中、使用人と会話をする。

 使用人は言った。


「襲撃者たちには逃げられました」

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