2-3

 扉の隙間から外の光が入り込む。と思われた。

 しかし扉の外は暗闇である。夜と思ったがそれも違う。扉の向こうは洞窟だった。三叉に道が分かれている。


 リズアは裏口と言っていた。なるほど。確かにこの扉は、外側からは見つけにくそうだ。有事の際の抜け道だったに違いない。


「え? あれ? なに? どういうこと?」


 驚く声を上げたのはリズアだった。混乱している。


「どうしてこんなところに繋がってるの?」


 リズアの瞳が上下左右に動き回る。笑顔が引きつり、乾いた声が漏れていた。


「本当なら、外に繋がっていたわけか」

「結構見晴らしがよかったんだよ。ここからの景色」

「しかし今は洞窟になっている」


 おかしな話だ。施設の窓からは変わらず明るい光が入っているが、扉の向こうは洞窟に見える。まるでここが地下であるかのように。


「クオイトって上から落ちてきたって言ったよね」

「まんまと足元に穴を空けられてな」

「それ、本当かもね。私が間違っていたのかも」

「どういうことだ?」

「これどう思う?」


 リズアは扉の外、洞窟を指差す。


「魔法だろうな。俺は空間転移でここに飛ばされた。それと同じように、洞窟と繋がるような魔法が掛けられた。高位の魔法にはあまり詳しくないが、凄まじい魔法だってことはわかる」

「違うよ」

「違う?」

「違う。そんな魔法が展開されているなら、私が気づけないわけないもの」

「魔力感知か? しかし言っちゃ悪いが、死んだのにそんな能力があるのか?」

「魔力の感知はできるみたいだよ。クオイトが持っているマジックアイテム、それ周囲の光を吸収できるものでしょう? 私にはわかる」


 クオイトは侵入者から奪ったマジックアイテムを持っている。見た目は金属サビがついた木彫りの鳥だ。

 それはリズアの言う通り、周囲の光に干渉するものだ。使うと周囲を真っ暗にできる。


 存在をほのめかせてすらいないのに、リズアはこれの存在を知っていた。

 木彫りの鳥を、服の上から押さえる。リズアは本当に、魔力を見極められるようだ。


「じゃあこの洞窟には、どんな魔法が掛けられているんだ?」

「何も。何の魔法もない」

「つまり、おかしいのは」


 クオイトは洞窟に背を向けた。施設内は相変わらず明るい。

 この施設は一体何なんだ? リズアは「もしかして」と小さく口にしていた。


 小石が転がる音がした。クオイトは洞窟へ向き直る。

 なにかが近くにいる。耳をそばだて聞いた次の音は、金属質な足音だった。

 機械生物か? そんな物が洞窟にいるはずがない。ここでは整備も燃料補給もできないのだ。つまりこいつは。


「ゴーレム。自動迎撃の術式?」


 リズアもその存在に気づく。

 まずいと思った。ゴーレムがこちらを感知したと、直感的に理解したからだ。足音が早くなる。


「クオイト、逃げて!」


 言われるまでもなくそうする。

 扉を力強く閉め、施設内へ後退した。やり過ごすため隠れられる部屋を探す。しかしゴーレムは予想していたよりずっと俊敏で、もう手遅れだった。


 嫌な気配に振り向くと、ぐしゃりと潰された扉と、目を光らせる二足歩行の金属があった。

 あれは鉄製か? なんであれ銃弾では歯が立ちそうもない。光沢を失った嫌な色だった。


 これはまずい。本当にまずい。

 足の速さはゴーレムが上。その上、堅い装甲を持っている。凶悪な相貌も殺意がなければ可愛いものだが、しかし血を求めるかのように、目が赤黒く光っていた。

 体が大きければ、狭い場所に誘い込んでいただろう。しかし残念ながら、クオイトと大差はない。


 そもそもゴーレムやスライムのような魔法生物は、人では勝てないように作られている。戦闘用に特化していたら尚更だ。

 強力な武器か、地の利さえあれば希望を持てた。ゴーレムはぬかるみに弱いと相場が決まっている。

 しかし手頃な沼なんてこの施設にはない。武器も心もとない。


 あるとすれば落石か。崩れる屋根をうまく当てれば……いいや、難しそうだ。

 見た目から判断するに、ゴーレムは非常に堅い。瓦礫を脳天に食らいながら、平然と歩く姿が想像できる。本当にそうなれば、リスクを負うだけだ。


 ゴーレムはへしゃげた扉を蹴散らすと、一気にクオイトに突進をしてきた。ゴーレムらしく、殴ったり蹴ったりが得意らしい。


 逃げるわけにはいかない。なぜなら速さは向こうが勝っている。

 一歩踏み込み、ゴーレムの間合いとテンポを崩す。拳の下に潜り込み、横をすり抜けた。


 近くで見てはっきりとわかった。やはりこいつには銃は効かない。単純に硬い。魔法弾ならともかく、実弾では傷をつけるだけで精一杯だろう。


 ゴーレムの目が光る。赤黒い光が照射され、周囲の物が一瞬色づいた。


 このゴーレムは光情報を頼りにしているのだろうか。もしそうだとしたら、マジックアイテムを使ってやり過ごせるかもしれない。木彫りの鳥は周囲の光を吸収できる。クオイトはマジックアイテムを使用した。


 ゴーレムが腕を振り上げ、殴りかかりに来る。そのときに一瞬だけ、周囲から光が失われた。

 真っ暗になった一瞬だけ、ゴーレムはこちらを見失う。動きが止まり拳が遅れた。


 次に考えるべきは逃げる場所だ。洞窟へ逃げるか、施設内の部屋に立てこもるか。

 正直どちらも嫌だった。施設に残った場合、このゴーレムがいる限り出られなくなる。洞窟には別のゴーレムやスライム、他にも闊歩しているかもしれない。


 施設のどこかに隠れよう。施設に残れば、リズアからゴーレムについて聞けるかもしれない。


「リズア、いい隠れ場所を教えてくれ」


 半透明の存在は頷く。


「わかった。こっち」


 リズアは先に行ってしまった。見失う前に追いつかないと。


 クオイトはマジックアイテムを使用する。ゴーレムの周囲から、光を奪い尽くした。ゴーレムの周囲だけが、真っ暗な闇に覆われる。

 こちらからも暗闇に閉ざされて見えないが、ゴーレムは音も何も発さない。金属の塊は完全に停止したようだ。

 動かない相手に勝利するのは容易い。人間が相手なら闇の中に銃弾を撃ち込めば、それだけで終わりだろう。しかしこのゴーレムは装甲が厚い。出せる手がない。

 あきらめてリズアの背中を追った。


 案内された部屋は、入り組んだ先にある、小さな部屋だった。


「リズア、あのゴーレムについて、なにかわかるか?」

「完全な自立機動のアイアンゴーレム。使われている術式は大したことないんだけど、問題は魔力を供給している核だね。腰と胸と頭にひとつずつ。どれもかなりの魔力が残ってた。ゴーレムにしては体が小さいし、まだまだ動き続けると思うよ」


 ゴーレムとは魔法で作り出される道具だ。魔法生物に区分されている。自立もしくは半自立的に行動し、主の命令を果たす。汎用性が高く、人気がある魔法だ。

 誰もが作りたがるゴーレムだが、しかし作成難易度は高い。複数の魔法を扱えなければいけないからだ。


 いつだったか、ゴーレムの作成法を聞いた覚えがある。

 まず魔法で鉱石を生成する。ゴーレムの魔力源となる核を作成。鉱石に埋め込む。

 命令や動作のイメージを魔法術式に組み込み、それを核に適用させる。だったかな。


 ゴーレムには弱点がある。それは核だ。核が壊れれば魔力が失われ停止する。

 だからゴーレムと戦う際は、まず核が壊せるかどうかを考える。

 それなのにあのゴーレムは核がみっつもあるという。全部を壊すまで動き続けるのだろう。そもそも防御が硬すぎて、ひとつ壊すだけでも無理なのだが。


「俺に何ができる?」

「クオイトって人間でしょ? じゃあ難しいと思う。身体能力じゃまず勝てないし、見たところあまり魔法は得意じゃなさそうだし」

「いつもは他にも武器を持ってるんだよ」


 たとえ魔法弾を持ってきていても、あれに有効だとは思えない。銃は鉄塊に穴をあける道具ではないのだから。


「なんであれ、今はじっとしているしかない。俺じゃどうしようもないんだ」

「そうだね。こうやって逃げ隠れるのが一番だと思う。もしくは……」


 外を警戒しながら待っていたが、リズアの言葉が続かない。

 何事かと横目をやると、リズアはうつむいている。


「もしくは? なんだよ」


 じっと見つめてやった。リズアは観念し、目だけを上にやって答える。


「あのゴーレムを倒す方法。おすすめはできないよ」

「あるのか?」


 つい声を大きくしてしまった。

 リズアが慌ててクオイトの口を押さえようとする。しかしリズアの手は透けていて、まるで意味がない。

 クオイトは自分の失敗を理解している。頷いてリズアに手を下ろさせた。

 あのゴーレムが音を感知しないよう祈るばかりだ。


「やるべきではない。でも死ぬよりはいいのかもしれない」

「教えてくれ」

「私がゴーレムの術式に干渉する。それができれば止められるはず」

「俺には悪いようには聞こえない。それを勧められない理由ってのはなんだ?」


 リズアは嫌々、口を開く。


「魔法の術式に干渉するには、魔力が必要なの。でも今の私は魔力も持っていない。体がないからね。だから魔力を持つ誰かの体を借りる必要がある。体の主導権を奪うって言えばわかるかな?」

「その誰かってのが俺か。なるほど、取り憑かれるわけか」


 悪魔が憑依したとか、そういう話は聞いた覚えがある。それらの話が真実か作り話か、確かめたことは一度もない。リズアが提案した話は、その憑依と似ていた。


「よくわからないが、危険なのか?」

「その後がどうなるかは、私にもわからない。私がやろうとしているのは、あなたの体を私の体として認識させる方法だから。もしかしたら返せなくなるかもしれない。乗っ取ってしまうって言えばわかるかな?」

「確かに、リズアの言う通り死ぬよりはマシだな。で、どうすればいい?」

「え?」

「だから、どうすればこの体を貸してやれる?」

「そんなに簡単に……」

「もしあのゴーレムに見つかったらやるしかないだろう。死ぬか、リズアの提案の飲むかの二択になる。正面切っての戦いは、今の装備じゃ無理だ。だからいつ襲われてもいいように、早めに聞いておきたい」


 クオイトはゴーレムの足音を聞いていた。まだ遠いが近づいている。周囲の壁を壊しながらだが、確実に距離が縮まっていく。

 このままだと、ゴーレムはいずれここにも来るだろう。そのときになってから、話を聞いては遅いのだ。

 ゴーレムが手前で引き返してくれれば嬉しいが、そうなる保証はない。


「本気?」

「本気だ」

「わかった。私も精一杯協力する。死んでほしくはないもの」


 疑っていたわけではないが、その一言だけでリズアを信じられる気がした。根拠はない。勘だ。

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