1-11
クオイトは考える。次はどうするべきか。機械剣の男に加勢するか、もしくは壁を殴る者を止めるかだ。
この問は実質一択である。すぐに加勢をしようと決めた。できれば壁に穴が空いてくれるとありがたいからだ。中に目当てのマジックアイテム、黒翼の杖があるかどうかを確認したい。
クオイトは銃口を衝撃波を使う侵入者へ向ける。仮面の下から舌打ちが聞こえた。
それとほぼ同時に、地が割れるほどの揺れが邸宅を襲う。固く重いものが床に落ちる音が続いた。
何かと見てみれば、書斎の壁に大穴が空いていた。その奥には見取り図にはなかった部屋がある。
やはり隠し部屋があったか。ホコリがカーテンになり、ボヤケて見える。鮮明に見えるにはもう少し掛かりそうだ。
「行け!」
衝撃波を得意とする侵入者が声を上げる。その声を聞く前に、壁を殴っていた侵入者が動いた。
ホコリの膜に構わず、隠し部屋へと踏み入れる。
これはこちらもやり方を変える必要がありそうだ。隠し部屋で好き勝手させるわけにはいかない。
クオイトは銃を下げ、隠し部屋へと向き直る。
他の侵入者は止めようと、クオイトへ顔をやった。しかし機械剣と魔法弾がそれを阻止する。
「さっさと追え!」
という声に押され、ホコリの向こうへと駆けた。
ホコリを抜けると、狭い隠し部屋に出る。そこは部屋というよりも倉庫のようだった。
壁一面に金属性ラックが張り付いている。そこには隙間を空けながら、変わった形の物がいくつか置いてある。しかし全てに布が掛けられて、シルエットしかわからない。
きっとここにある物は、どれも強力なマジックアイテムなのだろう。漂う迫力は一級で、荘厳な遺跡のようだった。
驚いてばかりではいられない。ここへは観光に来たわけではないのだ。
隠し部屋にある全ての物を、流し目で確かめる。そしてひとつ、杖のような長細いものを発見した。
手を伸ばしたいところだ。あれを持ち帰れば、依頼がひとつ完了する。依頼料とついでに、というかある意味ではこちらが本命なのだが、クオイトを牢屋に入れた何者かの情報を得られるかもしれない。
しかし杖は手が届く距離にはなかった。
クオイトよりも先に、既に部屋に入っていた侵入者がいる。その者が布を剥ぎ、顕になった杖を手にとった。
侵入者たちの目的は、クオイトと同じ黒翼の杖だったのだ。
杖が二本あれば、仲良く分けっこができたかもしれない。しかし残念ながら一本しか見当たらなかった。へし折って半分にしても、お互いに不幸になるだけだろう。
つまりこれからは奪い合いだ。
銃を向ける前にひとつ考える。どうすれば最も利益を得られるかを。
ここで杖を奪っても、持ち去るのは難しい。杖の長さは子供の背丈ほどあった。隠して持ち去るには少々長すぎる。人目がある中、自室へ持ち去るなんて不可能。
奪い返すとはエン・カイヤの元に杖が戻るという意味だ。こちらが盗めるわけではない。
今回の襲撃を受けて、エン・カイヤは杖の警備をより強固にするだろう。そうなれば盗むだけでも一苦労だ。できればそうなってほしくない。
では侵入者を逃してしまうのはどうだろう。逃したところを追いかけて、外で杖を奪い返せばいい。敵には逃げられたということにして、杖はどこかに隠しておく。こうすれば杖を安全に入手できるはずだ。
しかし恐らく、侵入者は戦闘よりも逃走が得意だ。そもそもここで対している現状が、侵入者にとって不本意に違いない。
逃して追いつけるか? 失敗し取り逃がせば、杖の入手が絶望的になりかねない。そうなるよりは、硬い警備を突破する方が、まだ希望が持てそうだ。
杖の入手は、次の機会を待つとしよう。今はエン・カイヤの信用を得るのだ。
クオイトは銃を向ける。ここは狭い隠し部屋。逃げ道はない。脅しをするつもりはなかった。指に力を入れて、弾丸を射出しようとする。
しかし侵入者は杖を手に持ちながら、クオイトよりも早く動いていた。
突然のことだった。周囲が完全な暗闇に包まれる。一筋の光もない真っ暗闇だった。
侵入者の仕業か。何かしらのマジックアイテムを使われたのだろう。もしかしたらこれが黒翼の杖の能力なのかもしれない。
とりあえず急所を守れるよう、腕を前に構える。しかし何かしてくる気配はない。
視界は完全に絶たれていたが、他の感覚は生きていた。主に音で周囲の状況を把握する。
杖が床をこする音がした。その音は壁際で止まる。
どうやら隠し部屋から出ようとしているらしい。隠し部屋に備え付けられている、正当な出入り口から逃げようとしていた。
視界はゼロだが音は聞こえる。隠し部屋の内装も見て覚えている。だから問題はなにもない。
腕を持ち上げて、ためらわずに銃を稼働させる。反動が手から腕、肩、そして全身に伝わった。
どうやら銃弾の到着は、侵入者の想定よりも早かったらしい。
驚くほどあっさりと命中する。苦悶にあえぐ声と、皮膚が破れる音がした。
しかし直前で体を翻され、狙いがずれてしまったようだ。おかげで致命傷にはならない。
目を塞いでいた闇が晴れていく。どうやらマジックアイテムの効果が切れたようだ。
霧のようにボヤケた視界で、杖を振り上げる侵入者がいた。どうやら逃走はあきらめて、戦おうと決めたらしい。
クオイトが一歩進んだ。銃を構える。二歩進んだ。銃口が火を吹く。
侵入者は大きすぎる動きで、なんとか銃弾を避ける。あまりに大げさな動きで、体勢を崩していた。もう避けられない。次撃てば当たる。
クオイトが三歩目を出したとき、黒翼の杖が床をついた。
クオイトの足元に突然、穴が空いた。文字通り穴が空いたのだ。他に言いようがない。
穴の大きさは人を飲み込むには十分だった。底は見えないほど深い。
急に足場を失って、クオイトの体が落下する。黒い穴に飲み込まれていく。
突拍子がない出来事に思考が追いつかず、頭の中がからっぽになった。
こちらを見下ろす侵入者と、黒翼の杖が遠ざかる。
夢か幻でも見ているのだろうか。足元が霧のように消えたのだ。本当に幻かもしれない。現実ならこの後どうなるかは考えたくないものだ。
落ちたのはもうどうしようもない。しかしひとりで落ちるのは癪である。
クオイトは侵入者に手を伸ばした。侵入者の細い足首を握りしめる。
しかし読まれていたようだった。既に魔法による斬撃が、手首を狙って迫りくる。
「ちぃ」
クオイトは舌打ちと共に手を離した。せめて道連れにしたかったが仕方がない。
最後っ屁にと、銃を向け放つ。苦し紛れの弾は、見事に命中した。侵入者の大腿部を傷つける。
侵入者はよろけた。ほんの一瞬前かがみになり、穴に影を落とす。しかし杖でしっかり体勢を保つ。おしい。もう少しで落とせたのに。
ああ残念だ。この穴の下はどうなっているのだろう。どこまでも闇で底が見えない。
まさか優しいクッションが待ち構えているわけではないだろう。このまま落ちていけば死――。
意外と冷静な自分に驚いた。ゆったりとお茶を飲んでいるような心境だ。走馬灯は無いし、執着も今はない。落ち着いていて、ついあくびが出そうになる。
どんどん上が遠ざかっていく。見上げると何かが目に入った。それは鳥の形をしていた。どうやら侵入者がよろけたとき懐から落ちたらしい。
ちょうど掴めるほど近くにあった。手を伸ばし、その鳥を捕まえる。
指で触ってよくわかった。これはマジックアイテムだ。金属サビがついた、木彫りの鳥。ところどころ歪んでいて、精巧な彫刻とはとても言えない。
もしかしてこれを使えば状況を打破できるのではないか。一瞬だけ希望を見つけたが、すぐに幻だとわかった。
マジックアイテムを使ってみると、隠し部屋からの光が遮られる。どうやらこれは光を制限できるマジックアイテムのようだ。さっき視界がゼロになったのは、これが使われたからに違いない。
落下速度は増すばかり。マジックアイテムを使わなくても、光がどんどん小さくなっていく。頭上にある隠し部屋が遠い。
クオイトは目を閉じた。どうやらここまでのようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます