1-10
クオイトが前に出る。
「撃ち尽くすのは構わないが、壊すなよ。結構高いんだ。それ」
「いいから行けって」
ナイリに追い払われ、クオイトは「さてと」と侵入者たちを見る。
全員が魔術師。装備は最低限だった。正面切っての戦闘は考えていなかったのだろう。隠密性に特化している。
部屋で襲ってきた男と同じだ。仮面を付け、マントを羽織っている。
マントの隙間からは、暗い色の服が見えた。体に張り付いているのではと思えるほど、ぴったりと合った服だった。
金属の装飾は欠片もない。魔法障壁がなければ、どこでも貫けそうなほど防御性には乏しそうだ。
顔は仮面でわからないが、体格から判断するに、男が二の女が一だろう。
三人の後ろで壁に穴を空けようとする侵入者は、どうやら男のようだ。魔法で強引に、壁を突破しようとしている。
壁際で起こした爆発を、半球の障壁で囲む。そうやって爆風を壁に押し当てていた。爆発の衝撃が轟音となり、邸宅を揺らしている。
凄まじい威力だった。しかし壁は壊れない。表面は崩れているが、まだ穴は空いていなかった。
随分と硬い壁のようだ。まるで金庫のように堅牢だ。つまり向こう側に何かがあるのだろう。やはり隠し部屋か。
できれば壁の中を見てみたい。奥に黒翼の杖があるなら、どさくさに紛れて掠め取れるかもしれないからだ。しかしそんな悠長ではいられそうになかった。
侵入者の魔法が、ついにこちらへ向けられる。やはり衝撃波だが、先程とはまた違った。
周囲を吹き飛ばすような、広範囲への衝撃波。瞬間的に突風が吹いたかのようだった。
目的は時間稼ぎだろう。侵入者は戦いに来たわけではない。狙いはマジックアイテムだと推察できる。
つまり壁に穴が空くまで、どうにかして耐久したいのだ。さきほどまであった数的有利を失い、こちらを倒し切るという考えを失ったらしい。
しかし持久戦はこちらも望むところ。
この邸宅には他にも人がいる。時間が掛かれば掛かるほど、こちらの戦力が増えていく寸法だ。
そのはずなのだが人がくる気配がない。使用人はどこへ行った。警備もいたはずだ。
まさかとは思うが職務放棄か。呆れてやりたいところだが、侵入者たちは余裕を与えてはくれない。
再び衝撃波が迫る。また範囲が広いものかと身構えたが、直前でそうではないと改めた。根拠はない。勘だ。
やはり今度は一点集中の強力なものだったようだ。衝撃波が進むと、そこにある物が吹き飛ばされ綺麗になっていく。
当たれば壁まで飛ばされるだろう。そうなるまいと飛び退いた。しかしその行為は、全くの無意味に終わる。衝撃波の進路上に、機械剣が割り込んだからだ。
機械剣は衝撃波を受けても軋むだけだった。大きな損傷はない。やはり魔法を消滅させる機能があるのだろうか。
「遅いぞ!」
機械剣の男はそう文句を言った。
「遅すぎるよりはいいだろ?」
「なんだそれ。屁理屈にもなってないぞ」
まだ冗談に返す余裕があるようだ。ならば前面を任せよう。
クオイトは侵入者たちの脇へと入っていく。横腹をつつけば、侵入者たちはじっとしていられなくなるはずだ。
侵入者がとった方法は、戦力の分散だった。機械剣の男には二名つけ、クオイトには一名が当たる。
実質的には一対一が三箇所だった。機械剣の男の後ろで、ナイリが銃を構える。
クオイトはとりあえず自分の正面に集中した。侵入者は仮面を付けている。おかげで視線の動きがわからない。
やりづらい。しかし勝たなければいけない。
とりあえず首元を狙って、一発の銃弾を放った。侵入者には銃への対策をする時間が十分すぎるほどある。当たるわけがないと確信して撃った。
やはり銃弾は届かない。魔法障壁に阻まれ落ちる。続けて撃っても同じだろう。
クオイトが相対している侵入者は、衝撃波使いとは別人だった。円盤状の刃物を取り出し、その手を離す。
刃物は床に落ちる瞬間、回転を始めた。急に床近くから跳ね上がる。向かう先はクオイトの首だった。
軌道がわかれば怖くない。避けられない速度ではなかった。問題があるとすれば、背中に回られたときだ。目が届かないところで方向転換をされると対処に困る。なんであれ、今は避けなければ。
クオイトは上体を反らす。刃物はその動きを追ってきた。弧を描きながら迫ってくる。
高速で飛びながら、ある程度の軌道修正が効くらしい。しかし限界があるようで、こちらの動きに完全についてこれているとは言えなかった。
また直角に曲がるような動き方もできないと見ていい。できるならやっているはずだ。それだけで勝負がつくのだから。
クオイトは銃口を刃物に向けて放った。
銃弾は小さく、刃物には勝てず弾かれてしまう。しかしこれで十分だ。銃弾の衝撃は、刃物の軌道を逆側にそらした。
さあここからだ。刃物は通り過ぎ、背中に回った。視界から外れてしまっている。
かといって後ろを向くわけにはいかない。侵入者と睨み合っているからだ。後ろを見れば、背中を刺されるだろう。つまり刃物の軌道を推察するしかないわけだ。まず侵入者が何を目的とするかを考える。
刃物の形状から、内蔵を傷つけるようにはできていない。狙いは比較的浅い位置にある、太めの血管だろう。
ここは屋内。天井や壁といった障害物がある。おそらく刃物はそれらを突破できない。貫通するよりも、はまって動けなくなるのが先だ。
そして刃物の軌道には限界がある。こちらが壁際に寄れば、刃物の動きを制限できるはずだ。
しかしこれは見方を変えれば追い込まれている。誘い込まれているのではないか。そんな予感を覚えた。
だからあえて、正面に突っ込む。
侵入者は驚いたようだった。銃しか持たない分際で、距離を詰めてやったのだ。気が狂ったか、なにかを隠し持っている可能性を考えたのかもしれない。
侵入者はひとつ後退りをした。それがこちらにとってはよかった。クオイトにばかり注意を払っていると、確認ができたからだ。
ナイリの銃が発火する。クオイトにとっては見知った魔法弾が、後退りをした側頭部に命中する。しかし魔法障壁が盾になった。
金属が衝突したような、甲高い音をさせて魔法弾が消えていく。衝撃で侵入者の頭を弾いたが、弾丸は刺さっていない。
いい一撃だったのだがこの程度か。できれば今ので仕留めてほしかった。どうやら向こうの障壁はかなり堅いらしい。
それにしても驚いた。ナイリの射撃は精度がいい。銃を渡したのは正解だった。
侵入者は仮面の下から、クオイトをにらみつける。目は隠れて見えないが、痛いほどの視線が刺さる。余程さっきの魔法弾が堪えたようだ。
しかしどうしてこちらを睨むのだろう。撃ったのはナイリなのに。
侵入者のこめかみから血が流れている。魔法弾はしっかり防いで見せたが、完璧ではなかったようだ。
きっと魔法障壁のチャンネルを、実弾に合わせていたのだろう。そこに魔法弾を不意に撃ちこまれ、対処が追いつかなかったのだ。
つまり今は障壁が不安定なはず。攻めるなら今。
クオイトは更に距離を詰め、銃の底で殴りかかる。
侵入者はひたすら防御に徹した。クオイトの対処をしながら、ナイリに気を配り、ついでに攻撃ができるほどの余裕はない。
銃の底が障壁に到達する。それに合わせて、また魔法弾が放たれる。魔法弾が触れようとしたのは大腿部だった。
しかしまたもや障壁に弾かれる。魔法弾は掻き消えてしまう。クオイトは障壁に体ごと押し返された。
侵入者はうまく対処できたとでも考えているのだろうか。クオイトはにやける。障壁を直接殴ってよくわかった。魔法弾をより脅威だと感じていると。
その考えは危険だ。なぜなら、クオイトが持つ銃には、まだたっぷりと実弾が残っているからだ。
こちらの攻撃を防いだ侵入者には余裕ができた。攻勢に転じようとしている。仮面の下の目を、クオイトからその後ろへと動かした。
なぜ、そんなことをするのか。さきほど飛ばした刃物を操作するためだろう。
つまり今来る。
クオイトはよろけた体をそのままにした。足の力を抜いて、そのまま倒れる。
侵入者は想定外の動きを目にして、息をつまらせた。
ついさっきまで背中があった位置を刃物が通過する。その先には侵入者、刃物を操作する術者本人がいた。
このままだと侵入者は自分が操作する刃物で自分を傷つけてしまう。障壁で防ぐのは難しいはずだ。
障壁の特徴として自分の魔法は防げないという決まりがある。無理にやろうとすると障壁そのものが自壊するのだ。
侵入者はきっとこう考えるはずだ。
刃物操作を解いて、刃物だけを障壁で受け止める。来ると思われる魔法弾は、障壁で受ける。これが一番だと。
この方法の問題点はふたつある。
ひとつは刃物と魔法弾を、同時に受けること。
もうひとつはクオイトへの注意が散漫になること。
魔法障壁は便利なようで、扱いはとても難しい。何を通し何を通さないか、しっかり管理する必要があるからだ。
侵入者は魔法弾の弾道を予測するべく、ナイリへと顔を動かしていく。その視界から外れたクオイトは、倒れたまま侵入者の横腹に銃口を向けた。
クオイトは一足先に撃鉄を落とし雷管を叩く。銃口から閃光と共に、弾丸が射出された。
本来であれば目視できるはずもない弾が、目で見えたような気がする。それは回転しながら障壁に触れた。威力は減退したが、しかし実弾に特化していない障壁では止めきれず、内側へと潜り込んでいく。
侵入者のマントに小さな渦を作りながら更に前進を続け、ドプリと水に沈むような音が幻聴として届いた。それ以降は沈黙した。
しっかり命中したが、致命傷にはならない。障壁に触れたため狙い通りにはいかなかったようだ。しかしこれで十分だ。もう障壁はない。張り直す時間もない。
侵入者はきっと目を見開いているに違いない。「えっ?」と誰かが小さく漏らした。
続けざまに侵入者へ向かっていた刃物が到達する。それは腕に突き刺さった。致命傷には程遠いが浅くはない。
侵入者がよろめいている内に、魔法弾が放たれる。やはり狙いは正確で、魔法弾は仮面を貫通し頭蓋を削ると、その内側をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
人が倒れる音が邸内に響く。赤いものを広げながら、その体はピクリと痙攣するだけだ。もはや何も言わない。
まずはひとり。
ここまでクオイトが撃った弾は二発だ。ナイリは三発。残弾は十分。この調子なら足りそうだ。
侵入者は残り二人。壁を殴る者を含めれば、三人だけだ。
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