1-9
「今の不穏な音はなに?」
部屋のすぐ外には、ラフな格好になったナイリがいた。
こちらの返答も待たず、ひょいと部屋を覗き込む。
「ふーん。それでやったの?」
ナイリは銃へ顎をやる。クオイトは頷いた。
「ああ。もしかしてあいつと知り合いだったりする? 部屋番号間違えたのか、急に襲いかかってきてさ」
「さあね。思い出せる中に、仮面を付けた知り合いはいないよ。あんたのファンでしょ」
「恨まれる覚えは……あるけど、ここまで来れるやつに限定すると、まるで思い浮かばないよ。好き好んで恨みを買ったりはしないからな」
「仮面を取ってみれば、少しはわかるんじゃない?」
ナイリは軽い足取りで進むと、侵入者の側で屈み込んだ。ゆっくりと仮面に手を近づけていく。
「触れるな。やめておけ。危険だ」
「大丈夫。罠があっても正面から打ち破るから。私を舐めすぎ」
ナイリの周囲に、無色の薄い膜が展開される。魔法障壁だった。
「言っても無駄か。全く」
こういうところには、罠が仕掛けられている場合が多い。仮面は顔を隠すもの。出したくない理由があるに違いない。無理やり剥がされそうになったときに備え、予め罠を作っておくのだ。
どんな罠かはそれぞれ違う。開けてみなければどんな罠かはわからない。
しかし推測はできる。対象を麻痺にする。爆発を起こし触れた手を吹き飛ばす。なんであれ、触れた者に災いが降りかかる点は間違いない。
ナイリが仮面に触れる。仮面の下に指が入った瞬間だった。仮面が青白く発光する。
「あっ、まずいかも」
「知ってる。見てた」
「魔法がね、仕込まれていたっぽいんだ。いや、それは予想していたけどさ、情報系の魔法だったみたいでね。なにかの情報をどこかへ送ったっぽい。私はてっきり爆発とかするかなって防御固めてたんだけど、無駄だったね。いやぁ、それで、こいつに仲間っているの?」
ナイリの魔法障壁が消えていく。
「居なかったら面白いな。情報を伝える相手がいないのに、情報系の魔法を仕込んでいたってことになる」
「ということは、なにかがこいつの仲間に伝わったって――」
次の瞬間、凄まじい轟音が邸宅を襲った。壁を思い切り殴るような音。足元が揺れるほどだった。
やはり侵入者は他にもいた。残っている侵入者は、仮面からこちらの情報を受け取ったのだ。仲間の死を知り、もはや隠密に意味はないと考えたのだろう。
再び轟音が響く。角度から推測したところ、音は一階の書斎からだ。
書斎と気づいて、すぐに嫌な予感を覚えた。まさか隠し部屋でも探しているのか?
もしかすると敵も黒翼の杖を狙っているのかもしれない。そう考えるとクオイトが襲われた説明もつく。
どこかから依頼の話が漏れ出して、クオイトが黒翼の杖を持っている可能性を考えた。
可能性はそう高くないだろう。しかしありえないとは言い切れない。
「急いだほうがいいかもな」
体面は賊を撃退するでいいだろう。急がなければいけない状況だが悪くもない。誰にも怪しまれずに隠し部屋を確認できるかもしれないのだ。
クオイトは小走りになる。他の足音はなかった。
一度止まって振り返る。そこには顔をそむけ壁を見つめるナイリがいた。
「どうした?」
「私はパス。依頼は請けたけど、その依頼内容に屋敷を守るは入っていないから」
敵の戦力が不透明だ。打って出るなら、なるべく戦力を高くしたい。
少し遅れるが仕方がない。クオイトは口を動かす。
「おそらくだが、この邸宅にはマジックアイテムが隠してある」
「まあそうじゃないの? ペスケル・エン・カイヤは魔術師なんだし、少しくらい持ってるでしょう。私だって持ってる」
「でだ、賊の目的は何だと思う?」
ナイリは馬鹿じゃない。これだけ言われれば流石に気づく。というか気付いていない演技ができなくなる。
エン・カイヤから請けた仕事は、魔法都市での事件の解決だ。マジックアイテムが盗まれるという事件だ。書斎で好きにやってる侵入者が、その事件の犯人かもしれない。
つまりここで動かないとは、仕事の放棄と見做されかねないのだ。
ナイリはギッと歯を噛んだ。
「仕方がないでしょう! 今の私には武器すらないんだから。死ねって言うわけ? 私は知らないからね。今回は知らんぷりをする」
「さっき障壁出していたろう。魔法は使えるんじゃないか」
「あんなもの、身を守るために覚えただけよ」
「じゃあ身を守る分には問題ないはずだ。ほら、行こう」
「それでもし、私が死んだらどうするの?」
「そうなったら悲しむ。――頼むよ。立ってるだけでいいから」
「あの世があったら恨んでやる」
書斎までは難はなかった。
クオイトとナイリは書棚の影に潜みつつ、この場の現状に目をやった。
書斎には既にひとりいて、侵入者と正面衝突していた。
機械剣がガチと音を立てる。機構が働いたのだろう。歯車が噛み合うような音だった。
「おらぁ!」
胴を両断できる一撃が走る。しかし難なく防がれていた。魔法障壁が光る。
敵は魔術師か。数は全部で四。ひとりが隠し部屋へ入るために壁を壊し、残り三人が迎撃にあたっている。
機械剣は大きく、広く影響を及ぼせる。
しかしとても優勢とは言えない。ひとりで三人を相手にしているからだ。
それだけではない。機械剣の大きさは、屋内でデメリットも生んでいた。あまりに大きく、家具や天井が邪魔になっている。
今は勢いで押しているが、今後の展開は目に見えていた。
はやく加勢するべきだろう。クオイトたちが加われば、ちょうど同数に変わる。
クオイトとナイリの存在は、足音によりすぐに周知された。始めから隠れるつもりがないので問題ない。
侵入者たちは劣勢を感じたのか、動きが鈍くなる。機械剣はそこを狙った。
たったひとつの機械剣が、侵入者三人を押し返す。侵入者たちもすぐに立て直すが、機械剣の攻勢は続いた。
「他の武器はないのかな?」
ナイリは機械剣に文句をつけていた。もっと小さい武器を選べと、そう言いたいのだろう。
「あったら使ってるだろう」
「かもね。まあ、私みたいに素手よりは良さそう。せめて箒でもあれば良かったんだけど」
侵入者の魔法が光る。機械剣に向けて衝撃波が放たれた。
衝撃波は家具を吹き飛ばし、絨毯を破きながらめくりあげる。
しかし機械剣に触れると、そよ風ほどまで小さくなる。始めから衝撃波なんてなかったかのように、掻き消えてしまったのだ。
あの機械剣には何か種がある。魔法都市での仕事ということで、魔法に強い武器を持ってきていたのかもしれない。
侵入者が舌打ちをした。せっかくの魔法が打ち消されれば嫌にもなる。
衝撃波は当たっていればダメージを期待できるものだった。致命傷にはできなくても、次の魔法へと繋げられただろう。なかなか脅威だ。足がすくむナイリの気持ちもわかる。
「いや、やっぱり素手であれの相手は無理」
「確かに。もっともだな」
魔法障壁で身を守れるとしても、衝撃波を向けられればひとたまりもない。全く近寄れず、一方的に魔法をぶつけられるだけになるだろう。
「じゃあこれ貸してやるから」
クオイトは、銃を差し出した。二丁あるうちの一丁。魔法弾が込められている銃だ。
「こっちなら反動も少ない。慣れていなくても扱いやすいはずだ」
ナイリはためらわずに受け取る。慣れない手付きだったが、サッと構えてみせた。
銃は初めてのようだ。しかし最低限の知識はあるようで、撃ち方の説明は不要だった。安全装置は解除していたが、引き金にはまだ指を掛けない。
「残弾数は?」
「十八」
「弾の形状は?」
「螺旋状。螺旋の魔法弾。指くらいのドリルみたいなものだ」
「つまり点での攻撃?」
「点? まあそうだな。面とは言いづらい」
「了解」
ナイリのまぶたは閉じ気味で、切ったように細くなっていた。さっきまでの明るい雰囲気とは打って変わって、今にも人を殺してしまいそうだ。そんな気迫を放っていた。
いい加減に長話が過ぎるか。そろそろ機械剣の男が危険かもしれない。
侵入者は数的に優位なうちに、こちらの戦力を削ろうと躍起になっている。
おかげでこちらに魔法は飛んでこないが、その分だけ機械剣の男が苦労していた。
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