1-7
マジックアイテムが盗まれる。そう聞いてクオイトの肩は跳ね上がりそうだった。牢屋から出る際に、請けた仕事がまさにそれだった。
この邸宅にあるらしい黒翼の杖。それを盗み出すのが、ルオクリアから請けたクオイトの仕事だ。
まさかとは思うが、ルオクリアが犯人ではないだろうな。マジックアイテムを盗む仕事を、過去にも誰かにしていたのかもしれない。
さっきエン・カイヤが顔を見回した理由は、犯人がここにいる可能性を考えたからか?
いいやそれはありえない。頭の中で否定する。
エン・カイヤの口ぶりから、この事件は魔法都市では知られているようだ。クオイトは初めて聞いたが。
ルオクリアからすると、そんな状況で新しい人材を雇い、魔法都市に向かわせるなんてリスクが大きすぎる。
本当にルオクリアが犯人なら、過去にマジックアイテムを盗むよう、依頼をした誰かに再び頼むはず。
とはいえ盗む依頼を請けたことに違いはない。ルオクリアはこの事件に便乗するつもりってところか。それはそれで不自然なのだが。
どうも腑に落ちない。とはいえ考えても満足できる答えは出せそうにない。一度思考を投げ捨てる。ひとり黙々と物思いに耽るような状況でもないのだ。
機械剣の男は前屈みになる。行儀を知らないのか無視しているのか、食卓に両肘をついた。
「それってどんな事件だ?」
「始まりは、み月ほど前。小さなマジックアイテムの専門店が荒らされたところが最初だと言われています」
「言われている?」
「認知されたのが、そのころなのです。以前から低等級のマジックアイテムが、ぽつぽつと紛失していましたが、それとの関わりは不明です」
「なるほど。始まりってことは、それ以降も?」
「はい。特に戦闘に役立つものが多く盗まれているので、何かしらの意図がある同一犯によるものと考えています」
ここ最近は頻度が激しいという。三日に一度のペースで、どこかのマジックアイテムが盗まれているらしい。追う側も追いきれず、右往左往しているとのことだった。
「私も所有している私兵を動かしているのですが、まだ手が足りていないのが現状です」
「私兵を持っていることに驚けばいいのか。それはどうでもいいか。全く手がかりが掴めていないってことか?」
「はい。だからこそ、できる推測もありますけどね」
「聞きたい」
「おそらくですが、こちらの顔を知っている者が犯人です。魔術師がどんな方法で調査をするのか、手順や手続きにかかる時間。それらを知り得ていないと、こううまく逃げられる説明がつきませんから」
浅く座っていた機械剣の男は、背もたれに背をつける。得心がいったと満足げに頷いた。
「だから街の外から俺たちを呼んだってわけだ。しかしそれじゃあ、敵に警戒されるんじゃないか? 外部の人間は目立つ。特に武器を持つ我々は」
大きな武器を晒しているのは、機械剣を持つお前くらいだ。誰かが小さくつぶやいたが、誰も気に留めず無視された。
「警戒してくれるならそれはそれで良しです。敵の行動が鈍くなるなら、こちらは時間を得られる。変に焦るならボロが出る。どちらに転んでも構いません」
「それはまた、たくましい」
「そう言ってもらえると照れちゃいますね。ありがとうございます」
機械剣の男から、言葉がないと確認すると、エン・カイヤは続けた。
「報酬は、この街でしばらく暮らせるだけの前金。それ以上は成功報酬でお支払いします。詳しくは後ほど。他に質問はありませんか? ないなら、食事を続けましょう」
「あるよ」
そう言ったナイリは、正面にあるグラスを見つめていた。グラスには赤い液体が注がれている。結露し始めて、少しだけ濡れていた。
「どうぞ、訊いてください」
「どうして、晩餐会なんて回りくどいことをしたの? 今の話を聞いたところ、外聞を気にするようなことでもない。素直に雇いたいと書いてくれればよかった」
「理由はいくつかあります。ひとつは、招待状を出してから今日まで、日数があったことです。その間に事件が解決して、本当にただの晩餐会になればいい、という思いがありました」
「あくまで晩餐会に呼んだってことにしたかったのね。当たり前っちゃ当たり前か。私としては気に入らないけど」
「仕事と銘打ってお呼びしたら、状況が変わっても規定の報酬を支払わないといけまぜん。フリーで活動されている方であれば、別の仕事を充てがう等で融通が利くかもしれませんが、全員がそうではないですからね」
「それは納得した。じゃあ他の理由って?」
「見えない敵を警戒しました。だからこそ、招待状という手間がかかる方法を使ったのです。通信端末での会話には、私の魔法は乗せられませんが、実体がある招待状には私の魔法が掛けられる」
「どんな魔法?」
「それに触れた人を記憶する魔法です」
招待状を開いた人すべてを、手紙自身が覚えるという。
「私は事件の調査をしていますから、事件の犯人も私を認識していることでしょう。私が街の外へ手紙を出したら、犯人はきっと中身が気になるはず。そう思ったのです。犯人が招待状に触れられる立場にいるなら、きっと触れてくれるだろうと。もしかしたらすり替えが行われるかもしれないとも考えていました」
「それで、結果は?」
「残念ながら。触れていたのは全て予定されていた人物のみ。すり替えも一切行われていませんでした」
「つまり、招待状が通ったルートに、その犯人はいないってわけか」
「警戒されて触れられなかっただけかもしれませんけどね。もしくは、私を凌ぐ魔法の使い手でしょうか。しかしそんな人は数が限られすぎる」
「でも無視はできない――」
ナイリはハッとした。
「じゃなくて! 今は招待状の話だよ。なんで宛名すら書かなかったの? 私に届かないかもしれないとか考えなかったの?」
「宛名を書かなかった理由は、誰に渡すか私が把握していなかったからです」
「はぁ?」
「私が信頼できる人に、信頼できる人に渡してほしいと、そう頼みました。だからついさっきまでどんな方がここへやってくるのか、私は全く知らなかったのですよ」
エン・カイヤは笑顔で言う。誰が来るのか楽しみだったと。
嘘のような理由だが、嘘を言っているようには見えなかった。遊び好きなのだろうか。もしくはエン・カイヤが知る傭兵や冒険者に、この件で役立につ人材がいなかったのかもしれない。
ナイリは疲れたように顔を歪めた。
「そんな素性もしれない人間を家に入れるのか」
「私は皆さんを信用していますよ。だからこその晩餐会です」
「あーはいはい。なーんか、私だけこんなに警戒しているの、馬鹿みたいに思えてくる」
気がつけば、場は和やかになっていた。食事に手をつける者も増えつつある。
クオイトも食事へ手をのばした。まだ温かく、心地よい舌触りが広がった。
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