1-6

 使用人に案内され、開かれた扉の先には、荘厳な部屋が広がっていた。

 幾重にも花びらが連なった、精巧なガラス灯。天井で咲き、部屋中を照らしていた。

 部屋中央には、足が蔦のように掘られた長机。上面は純白のテーブルクロスで隠れている。

 机の左右には椅子が並んでいた。合計で十席。それと誕生日席にひとつ。椅子からはつややかな暗い光沢が放たれていた。


 長机には所狭しと皿が並んでいる。全部食えと言われても、少々無理がある量だった。


 既にひとりが腰掛けていた。誕生日席にいる。

 その人は見た目が二十歳くらいの女性である。深い藍色の外套姿だった。

 赤色の髪をなびかせてこちらを見る。

 立ち上がり長机に手を差し出した。


「よくいらっしゃいました。この館の主、ペスケル・エン・カイヤです。さあ、好きな席にお掛けください」


 聞いていた話だとペスケル・エン・カイヤは四十くらいの女性だったはずだ。しかし目の前にいる女性は、明らかに若い。

 まさか聞いていた年齢は嘘だったのか? それとも代理を立てているのだろうか。

 いいや、しっかり名乗ったのだ。代理はありえないだろう。


 では同名の別人という線はどうだ。それもまた考えにくい。邸宅の間取りに覚えがあるからだ。クオイトが持つ見取り図と違いがない。招待状も問題なく使えた。

 やはりここが目指していた、エン・カイヤ邸である。


 ではやはり四十歳という情報が間違っていたのか?

 目の前の女がエン・カイヤに成り代わろうとしているのだろうか。

 成り代わるなら見た目を寄せるくらいはするはずだ。


 考えているとふと思い出す。ペスケル・エン・カイヤ、彼女は魔術師だ。

 一部の強大な魔術師は、人より長生きすると聞いた覚えがある。二百歳を超える者もいるそうだ。

 つまり、彼女は本当にエン・カイヤか。見た目は二十歳だが、中身は全然違うのだろう。


 エン・カイヤの年齢については置いておこう。とりあえず座れる椅子を探す。

 既に多くが埋まっていて、空いている椅子は端だけだった。


 全員の着席を確認すると、エン・カイヤが声を上げる。


「まず、皆様に謝意を伝えさせてください。おいでくださったこと、心から感謝いたします。日帰りが難しいほど遠方の方ばかりなのでいらして頂けるか、とても心配していたのですが、杞憂でしたね」


 エン・カイヤは涼しげに頷く。


「せっかくこの場を持てたのです。私たちはあなた方を精一杯おもてなしできればと考えています。どんなに些細なことでも、おっしゃってください。必ずご満足頂けるよう、取り計らいますので」


 そこまで言い終えて、エン・カイヤはグラスを手にとった。赤い液体で満たされたグラスだった。


「あまり長々と挨拶を続けても、退屈させてしまうだけですね。料理が冷める前にいただくとしましょう。今日この特別なひとときに」


 乾杯をするように挙げられたグラス。その行為に合わせたのは、二人しかいなかった。

 クオイトは無視をした。ナイリも腕を組んだまま動かない。多くの者がそうした。


 食事は始まったらしい。しかし食いついたのは、エン・カイヤを除いて二人だけだった。

 満腹なわけではない。どちらかといえば、空いている部類だ。

 しかしそれでも、まだ食べ始めるわけにはいかない。聞くべき話を聞いていないからだ。


「皆様、どうかしましたか?」


 不信に思ったのか、エン・カイヤが問うてくる。しかし誰も答えない。無視を決め込んでいた。

 沈黙が空気を暗くする。剣呑な雰囲気は気の所為ではないだろう。


 なぜ誰も何も言わないのか。それはエン・カイヤが理解していないはずがないと、全員がわかっているからだ。

 エン・カイヤがするべき話。それはこの場が用意された目的だ。

 集められたのは傭兵や冒険者ばかり。地位や人脈よりも、武力に覚えがある者たちである。そんな肩書を集めておいて、親交を深めるための会であるはずがない。

 一体どんな意図で、我々を集めたのか。危険な仕事の依頼なら、無関係のまま帰りたいと考えてもおかしくない。


 既に食事を始めていたひとりが、声を上げる。


「食わねえなら、俺が全部食っちまうぞ。毒とか警戒してるのかもしれないけどさ、俺たちを殺したところでこの人にはメリットないし、警戒するだけ損だぞ」

 それに対し、ナイリが舌打ちをする。

「あんたみたいに平和ボケできれば楽でいいんだけどね。私はしっかり中が見えないと、物を買わない主義なの」

「いやだからさ、ここに来て椅子に座った時点で同じだって言ってんだ。本当に危険な話なら聞いた時点でアウトなんだよ。そもそも重要な仕事を、初対面の俺たちに託そうとするかね? 本当に余裕がなければわからないが、この家は元気そうだ。少なくともすぐにヤバい仕事を押し付けられたりはしない。さっきも言ったが、毒を仕込むメリットがないんだよ」


 クオイトはじっと、エン・カイヤを見つめていた。不満とも取れる声を聞きながら、不敵に笑う。その表情が気に入らない。


 エン・カイヤは一体何を考えているのだろう。仮説が現れては消えていく。


「毒を仕込むメリットがない? あっそ。だから? 私が気にしているのはそこじゃない。自分の立ち位置を正確に把握したいってこと。毒なんてどうでもいいのよ。致死量を把握していれば問題ないんだから。重要なのはどの毒を取り込む可能性があるか。可能性が重要なの。私は命を掛けているから慎重に行きたい。あなたはどうだか知ら――」

「はぁ」


 そのため息は、周囲に沈黙を強いた。クオイトの視線も無意識にそちらへ動く。

 背もたれに立てかけられる機械剣があった。剣の持ち主は椅子に浅く腰掛けている。


「カイヤさん、あなたが話をしてくれれば解決する」

「そうですね。そのとおりです。このまま眺めるのも乙ですが、私がどうして皆さんを集めたのかお話しましょう」


 エン・カイヤは食事の手を止める。


「察されているようですが、頼みたい仕事があるのです。内容は――」

 そこで言い淀んだ。その後、順番に我々の顔を見ていく。見終わると小さく頷いた。


「最近この魔法都市内でマジックアイテムが盗まれる事件が頻発しています。その事件を私で解決したい。仕事の内容は、この事件の調査です。できれば解決まで」

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