1-5

 開かれた扉の先には、円形の客間が広がっていた。

 部屋中央には円卓と、ちょっとつまめる菓子がある。卓には四つの椅子があるが、どれも空いていた。


 中央から目を外すと、ほかの招待客の姿があった。一目でわかる。全員がクオイトと同業者だ。組織に所属している、していないの違いはあるが、武力で稼いでいる者たち。いわゆる傭兵。もしくは冒険者。金銭を得て、代わりに戦力を貸す者たち。

 中には堂々と、武器を背負う者もいた。


 この場での新参であるクオイトに視線が突き刺さる。それぞれ好きなところを見てくる。

 指先や反射、目の動き、武器を隠しているならどこか探す目もあった。

 クオイトは涼しい顔でやり過ごし、椅子に腰掛ける。


「それでは私はこれで失礼致します。何かございましたら、ご遠慮なくお呼びください」

「ああ、ありがとう」

 使用人は他に、手洗い場への道順だけ残して、広間から出ていった。


 好きに呼び出してくれということだったが、呼び方は教えてくれなかった。

 ハンドベルでも近くにあるのかと探してみたが、それらしきものは見当たらない。

 そのときは大きな声で叫ぶか、邸宅内を散策して見つけるしかなさそうだ。


 時計の針がカチカチ鳴る。部屋は静かで、時間がたくさん余っていた。

 さて何をして時間を潰そうか。邸宅の見取り図を取り出し作戦を練る。なんてできるわけもない。

 暇だからと人家を探検するには、ちょっと歳を取りすぎている。


 このままじっと待つとしよう。他にやることがない。何かやるとしても、他の客を見つめるくらいだ。


 呼ばれた客は全員が二十歳前後と思われる。傷はあっても貫禄はない。


 クオイトはひとりをじっと見る。覚えがある顔だった。

 手が隠れるほどダボダボの服。若干うつむいて、顔に影が掛かっているが、口元だけは笑っている。

 武器らしきものは見当たらない。それどころか手荷物すらない。武器を持ち歩いていないのか。それとも魔法のように見えない武器を持っているのか。


 クオイトはその人に注目しすぎていた。横から迫る影に、気づくのが遅れる。


「君、もしかして、アメロス・ゼアロフィス?」

 突然、知らない名前で呼ばれて、目が丸くなる。

「誰だそれは?」

「ありゃあ違うんだ」


 その人はしっかりと正装をした女性だった。露出が少ないドレスに肘まで行かないケープを纏って、黒い髪を肩から流している。

 まるでいいところのお嬢様のようだが、筋肉質な肢体は隠せない。


「残念だったな。人違いで」

「そんなことないよ。むしろ違ってよかった。本当にゼアロフィスだったら、私は暴れていたから」

「暴れ? どうして」

「妹をたぶらかしたやつを生かしておきたくないんでね。もし見かけたら、私の代わりに殺しておいてくれない?」

「冗談……ってわけでもなさそうだし、笑顔で言うことか?」

「怒り散らしながら言うよりは、いいでしょう?」

「似たりよったりだな」


 隣の椅子が動いた。そこに女性が腰を下ろす。


「じゃあ、本当の名前を教えてくれない?」

「好きに呼んでくれればいいさ。アメロスでもなんでも」

「本当にそう呼んでいいの? 私はアメロス・ゼアロフィスは殺すけど」

「殺すとかそんなに軽々しく言うなよ」

「重々しく言ったからって、意味が変わるわけじゃないでしょう? 私たちにとっては殺し殺されなんて当たり前じゃない」

「悲しいことに、確かにそうだ」

 クオイトも最近殺されかけた。牢に囚われたままだったら骨になっていただろう。


「じゃあ名前を教えて?」


 女性は、クオイトをたらし込むように笑いかける。

 いつも亜人や魔物の相手をしているクオイトにとって、女性的な仕草はなかなか堪えるものだった。しかしなんとか気合で耐えきる。


「同じ言葉を返そう」


 そう返すと、女性の笑みがすっと消える。


「ああ、そういうこと。頑固だね。私そういう人あまり好きじゃないや」

「じゃあ話しかけてくれなくてもいいぞ」

「それでも他よりはマシよ。特にあの機械剣を担いでいるやつ。あれ人見知りってレベルじゃない。息をする石像だよ。像に呼吸機能をつける意味ってあると思う?」

「ない。息していたなら人間だ」

「やっぱりかぁ。無視されたってこと? むかつく」


 しかし無視する気持ちはよくわかる。クオイトは彼女がうるさいと思い始めていた。


「それで、どうして名前を教えてくれないの?」

「俺がアメロスだってバレちゃうからだ」

「そう。私はナイリ・シユシクア。よろしく。はい、次あなたの番」

「ったく。クオイト・ルエクティロ。これで満足か?」

「クオイト・ルエクティロ? ああ、驚異的な命中精度の! 知ってる知ってる。どんな銃を使うの? 見せてよ。どうせ隠し持ってるんでしょう?」


 ナイリは脇腹を小突いてくる。はたからだといちゃついているように見えそうで、それが嫌だ。

 クオイトは当然、ナイリにもそんな意図はない。脇を突く理由のひとつは、そこに銃を隠していないかの確認もあるはずだ。

 ナイリはおそらく優位に立ちたいのだろう。お互いに争いに身を置いている。どこで敵になるかわからない。

 どこにどんな銃を隠しているかわかれば、戦闘スタイルの一端が見えて、いざというとき有利になれる。


 だからこそ耐えなければいけない。いけないのだが、ナイリからの甘い匂いが反抗心を削ぐ。もう少しこのままで居ていいかな? なんて思ったら負けだ。


 クオイトは「いい加減にしろ」と押し返す。

「いいじゃない。減るもんじゃなし」

「減る。最悪寿命が」

「ケチンボ」

「なんとでも言え」


 しばらくナイリとあーだこーだ言っていると、近づいてくる足音に気づいた。

 その瞬間ナイリも静かになる。口は悪くても、良い耳を持っているらしい。


 歩幅、音量、足の付け方。知っている足音だった。

 クオイトは椅子から立ち上がる。しかしナイリは動かない。


「もう少し時間がかかるってお知らせかもしれないよ?」

「だったらまた座ればいい」

「それじゃあなんか格好つかないでしょう?」

「どこの誰に格好つけるんだ。この場にそうしたくなる相手はいないんだが」

「なにそれ。失礼しちゃう」


 扉が開けられる。現れた者はやはり使用人だった。名前も聞いていたんだが、まずい忘れてしまった。


「皆様方、大変お待たせいたしました。用意ができましたので、ご案内いたします」


 扉が大きく開けられる。使用人が端へ避けて、通り道ができあがった。

 それに従い、我々は部屋から出る。机にあった菓子を、ちょっとひとつまみだけして……。クオイトがつまんだのは、赤い砂糖菓子だった。

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