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 魔法都市。

 この街の特色は、なにをおいても魔法のレベルの高さだろう。世界にここほど魔法に優れた街はない。匹敵しうる街もない。

 魔法を極めようとする者は、例外なくここへ訪れる。魔術師たちの中央都市だ。

 この街を知らず、魔術師は名乗れない。なぜなら地下から魔法が掘れるのだから。


 かつて栄華を極めたという古代の都市がある。その都市は今の魔法都市よりも、遥かに魔法技術に優れていたそうだ。

 魔法都市の地下には、その都市が埋まっている。埋没した街は、一部からは地下ダンジョンと呼ばれているらしい。


 地下ダンジョンでは、古代都市で使われていたマジックアイテムや、知識書が発掘できる。たまに形がない知識そのものも発掘されるらしい。

 魔術師からしたら喉から手が出るほど欲しい宝の山だ。これを無視する者がいるならその時点で、魔術師としてたかが知れている。


 必然的にこの都市の魔術師は強くなる。富や権力もそちらに集中するばかりだ。つまり魔法が使えない者の地位は低くなる。

 クオイトは魔法が使えない。この点を取り上げられ、あれこれ言われるのは非常に面倒だ。


 とはいえ実力がある魔術師が全て、魔法都市に留まるかと言われれば、それはもちろん違う。この街から別の街へ移る魔術師も多い。

 逆にこの街に残っている魔術師以外の人は、強い人脈や莫大な富を持つ人が割合多い。

 そう考えるとあまり気にする必要はないのかもしれない。



 翌日、晩餐会の日がやってきた。

 午前中はエン・カイヤ邸の見取り図を広げる。午後は銃の手入れをした。そうしていると時間が過ぎていく。

 ペスケル・エン・カイヤの邸宅へと向かう。荷物は背負えるだけ。武器は無理なく隠せる二丁だけ携えた。


 夕刻に街を歩く。途中で道に迷いはしたが、時間までに到着できた。


 その邸宅は見惚れるほど立派だった。

 広い土地をレンガの塀が囲う。正面に鉄格子のような門があり、その奥に邸宅があった。完全な左右対称だった。

 邸宅は三階建てだった。と言っても三階があるのは半分くらいで、もう半分はバルコニーのようになっている。

 入り口は正面にひとつ。両開きの扉がついている。


 門前には番がいた。身長を超える長い棒を持つ者。使用人の黒衣をまとう者。この二名だ。

 棒を持つ方はエン・カイヤの私兵だろうか。もうひとりは単純に使用人だろう。


 使用人と目が合った。相手はこちらに笑いかける。愛想笑いに慣れているようで、実に自然だった。

 クオイトは進み、使用人の前で止まる。すると使用人は小さく会釈をした。


「晩餐会があると聞いて来たんだが」

 すっと招待状を差し出す。

「拝見させて頂きます」


 使用人は素早く、それでいて丁寧に招待状を受け取る。

 さっと文字を目でなぞっていく。次に招待状の右下を、優しく指で擦った。


 招待状を擦る動作は、あまりにもわざとらしかった。まるで不意についた汚れを取ろうとしているかのよう。何かしら意図がありそうだ。

 瞬きを惜しんで観察した。するとほんの一瞬だけ見える。招待状の右下に、赤い判のような印が現れていたのだ。


 クオイトはその判を知らない。列車で招待状を確認したときにはなかった。

 ということは、今使用人が付けたのか。


 いいや違う。おそらく始めから判はついていたのだ。それに気づけなかっただけで。

 魔術師たちの街。この使用人も魔術師か。おそらく偽造を警戒して、招待状に魔法を隠していたのだ。今その魔法を発現させた。

 偽造を警戒するってことは、招待状は他にもあるのだろう。招待客は全部で何人なのだろうか。


 使用人は招待状から顔を上げた。


「はい。確かに。確認しました。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「クオイト・ルエクティロ」

「ルエクティロ? そうですか。あなたが。お噂はうかがっております」

「いい噂であれば嬉しいけど」

「もちろんです。百発百中の射撃の名手だとか」

「いくらなんでもそれは言い過ぎです。外すときは外す」

 当たることが多いというのは間違いないが。


 気がつけば使用人はペンを取り出していた。招待状に何やら書き連ねる。ペンの動きから判断するに、クオイトの名前を書いていた。


「招待状はこちらで預からせて頂きます」


 使用人は書き終わると、ペンと招待状を右手に、懐に仕舞う動作をした。

 クオイトは見ていた。使用人はたしかに懐に手を入れた。しかしポケットは空だろう。ペンも招待状も、使用人の懐で消滅した。確かにそう見えた。これも魔法か。


 もしこの邸宅で厄介事を起こせば、これら魔術師が敵になる。

 マジックアイテムを奪うという仕事がより困難に思えてきた。エン・カイヤに気付かれず、黒翼の杖というマジックアイテムを持ち出せるのだろうか。不安だ。


 ガチャリと音がした。それは門が開く音だった。使用人は道を空けるように、門の脇へと下がる。


「ようこそいらっしゃいました。ルエクティロ様。我々一同、精一杯おもてなしをさせて頂きます。どうか今宵をお楽しみください」


 持ち物検査は一切なかった。平和ボケしているのか、武器を持ち込まれて問題ないのかはわからない。

 信用されているなら嬉しいが、初対面でそれはないだろう。


 正面入口までは小さな石段が続いていた。中腹あたりまで上ったところで、正面ドアが自動で開いていく。誘い込まれているようで不気味だ。しかし入らないという選択肢はない。


 入ってすぐは、巨大な玄関ホールが広がっていた。玄関のすぐ横にある壺が、強い存在感を醸している。

 工芸品が好きなのだろうか。そう思い周りを見てみるが、他に壺はなかった。

 絵画はいくつか目に留まった。しかし他の物は多くない。全体的に物が少なく思える。

 壺の他に目立っている物は、ちょっと休めそうな長椅子と、二階へ続く階段くらいだった。


 玄関には誰もいなかった。しかし人の気配はする。こちらに向かう足音が聞こえた。視界には九つの扉がある。足音はそのひとつからだ。

 少しだけ待っていると、扉が開いて現れる。


「おまたせしてしまい、申し訳ありません」


 男性だった。シワも汚れもない、きれいな黒衣を纏っている。

 この人も使用人だ。門前の使用人の黒衣と同じだった。


「わたくしは当屋敷の従者、ハロク・ケイキ・コウカボナと申します。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

 使用人はこちらに挨拶もさせず、さっさと行ってしまった。


 邸宅の見取り図を思い出しながら、使用人の後に続く。

「こちらの作業にひとつ手違いがあり、晩餐会は予定より遅れています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「別に構わないよ。もし中止になっても怒りはしないさ」

「ありがとうございます」

「むしろありがたいくらいだ。まだ空腹じゃなくてね」

 とは言ったが、昼食からそこそこ時間が経っている。腹が鳴ってしまわないかと、心配に思う気持ちもあった。


「ところで、ルエクティロ様、で間違いありませんね?」

「随分と遅い確認だな。そうだ。ルエクティロだ」

「確認は一度、門で済んでいますので」

「なるほど。やっぱりあのとき招待状は消えていたんだな。それを……えっとケイキさんが受け取ったと」

「はい、そのとおりです。それと私のことは、ハロクで構いません」

「んじゃハロクさん。これでいい?」

「お心遣い感謝します」


 歩き始めてすぐ、扉の前で止まった。奥から何人かの気配がする。


「他の招待客は?」

「皆さんこちらでお待ちいただいています」

「それじゃあ、私もその中に混ざるとしようかな」

 会話をする気はないが、誰が呼ばれたのかは興味がある。クオイトはマジックアイテムを盗みにきた。その目的を考えると、この部屋にいる連中とは敵対する可能性があるのだから。


 使用人がドアノブを動かす。おそらくわざとそういう作りにしているのだろう。ガコンと、ドアは過剰な音をさせた。

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