1-4
魔法都市。
この街の特色は、なにをおいても魔法のレベルの高さだろう。世界にここほど魔法に優れた街はない。匹敵しうる街もない。
魔法を極めようとする者は、例外なくここへ訪れる。魔術師たちの中央都市だ。
この街を知らず、魔術師は名乗れない。なぜなら地下から魔法が掘れるのだから。
かつて栄華を極めたという古代の都市がある。その都市は今の魔法都市よりも、遥かに魔法技術に優れていたそうだ。
魔法都市の地下には、その都市が埋まっている。埋没した街は、一部からは地下ダンジョンと呼ばれているらしい。
地下ダンジョンでは、古代都市で使われていたマジックアイテムや、知識書が発掘できる。たまに形がない知識そのものも発掘されるらしい。
魔術師からしたら喉から手が出るほど欲しい宝の山だ。これを無視する者がいるならその時点で、魔術師としてたかが知れている。
必然的にこの都市の魔術師は強くなる。富や権力もそちらに集中するばかりだ。つまり魔法が使えない者の地位は低くなる。
クオイトは魔法が使えない。この点を取り上げられ、あれこれ言われるのは非常に面倒だ。
とはいえ実力がある魔術師が全て、魔法都市に留まるかと言われれば、それはもちろん違う。この街から別の街へ移る魔術師も多い。
逆にこの街に残っている魔術師以外の人は、強い人脈や莫大な富を持つ人が割合多い。
そう考えるとあまり気にする必要はないのかもしれない。
翌日、晩餐会の日がやってきた。
午前中はエン・カイヤ邸の見取り図を広げる。午後は銃の手入れをした。そうしていると時間が過ぎていく。
ペスケル・エン・カイヤの邸宅へと向かう。荷物は背負えるだけ。武器は無理なく隠せる二丁だけ携えた。
夕刻に街を歩く。途中で道に迷いはしたが、時間までに到着できた。
その邸宅は見惚れるほど立派だった。
広い土地をレンガの塀が囲う。正面に鉄格子のような門があり、その奥に邸宅があった。完全な左右対称だった。
邸宅は三階建てだった。と言っても三階があるのは半分くらいで、もう半分はバルコニーのようになっている。
入り口は正面にひとつ。両開きの扉がついている。
門前には番がいた。身長を超える長い棒を持つ者。使用人の黒衣をまとう者。この二名だ。
棒を持つ方はエン・カイヤの私兵だろうか。もうひとりは単純に使用人だろう。
使用人と目が合った。相手はこちらに笑いかける。愛想笑いに慣れているようで、実に自然だった。
クオイトは進み、使用人の前で止まる。すると使用人は小さく会釈をした。
「晩餐会があると聞いて来たんだが」
すっと招待状を差し出す。
「拝見させて頂きます」
使用人は素早く、それでいて丁寧に招待状を受け取る。
さっと文字を目でなぞっていく。次に招待状の右下を、優しく指で擦った。
招待状を擦る動作は、あまりにもわざとらしかった。まるで不意についた汚れを取ろうとしているかのよう。何かしら意図がありそうだ。
瞬きを惜しんで観察した。するとほんの一瞬だけ見える。招待状の右下に、赤い判のような印が現れていたのだ。
クオイトはその判を知らない。列車で招待状を確認したときにはなかった。
ということは、今使用人が付けたのか。
いいや違う。おそらく始めから判はついていたのだ。それに気づけなかっただけで。
魔術師たちの街。この使用人も魔術師か。おそらく偽造を警戒して、招待状に魔法を隠していたのだ。今その魔法を発現させた。
偽造を警戒するってことは、招待状は他にもあるのだろう。招待客は全部で何人なのだろうか。
使用人は招待状から顔を上げた。
「はい。確かに。確認しました。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「クオイト・ルエクティロ」
「ルエクティロ? そうですか。あなたが。お噂はうかがっております」
「いい噂であれば嬉しいけど」
「もちろんです。百発百中の射撃の名手だとか」
「いくらなんでもそれは言い過ぎです。外すときは外す」
当たることが多いというのは間違いないが。
気がつけば使用人はペンを取り出していた。招待状に何やら書き連ねる。ペンの動きから判断するに、クオイトの名前を書いていた。
「招待状はこちらで預からせて頂きます」
使用人は書き終わると、ペンと招待状を右手に、懐に仕舞う動作をした。
クオイトは見ていた。使用人はたしかに懐に手を入れた。しかしポケットは空だろう。ペンも招待状も、使用人の懐で消滅した。確かにそう見えた。これも魔法か。
もしこの邸宅で厄介事を起こせば、これら魔術師が敵になる。
マジックアイテムを奪うという仕事がより困難に思えてきた。エン・カイヤに気付かれず、黒翼の杖というマジックアイテムを持ち出せるのだろうか。不安だ。
ガチャリと音がした。それは門が開く音だった。使用人は道を空けるように、門の脇へと下がる。
「ようこそいらっしゃいました。ルエクティロ様。我々一同、精一杯おもてなしをさせて頂きます。どうか今宵をお楽しみください」
持ち物検査は一切なかった。平和ボケしているのか、武器を持ち込まれて問題ないのかはわからない。
信用されているなら嬉しいが、初対面でそれはないだろう。
正面入口までは小さな石段が続いていた。中腹あたりまで上ったところで、正面ドアが自動で開いていく。誘い込まれているようで不気味だ。しかし入らないという選択肢はない。
入ってすぐは、巨大な玄関ホールが広がっていた。玄関のすぐ横にある壺が、強い存在感を醸している。
工芸品が好きなのだろうか。そう思い周りを見てみるが、他に壺はなかった。
絵画はいくつか目に留まった。しかし他の物は多くない。全体的に物が少なく思える。
壺の他に目立っている物は、ちょっと休めそうな長椅子と、二階へ続く階段くらいだった。
玄関には誰もいなかった。しかし人の気配はする。こちらに向かう足音が聞こえた。視界には九つの扉がある。足音はそのひとつからだ。
少しだけ待っていると、扉が開いて現れる。
「おまたせしてしまい、申し訳ありません」
男性だった。シワも汚れもない、きれいな黒衣を纏っている。
この人も使用人だ。門前の使用人の黒衣と同じだった。
「わたくしは当屋敷の従者、ハロク・ケイキ・コウカボナと申します。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
使用人はこちらに挨拶もさせず、さっさと行ってしまった。
邸宅の見取り図を思い出しながら、使用人の後に続く。
「こちらの作業にひとつ手違いがあり、晩餐会は予定より遅れています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「別に構わないよ。もし中止になっても怒りはしないさ」
「ありがとうございます」
「むしろありがたいくらいだ。まだ空腹じゃなくてね」
とは言ったが、昼食からそこそこ時間が経っている。腹が鳴ってしまわないかと、心配に思う気持ちもあった。
「ところで、ルエクティロ様、で間違いありませんね?」
「随分と遅い確認だな。そうだ。ルエクティロだ」
「確認は一度、門で済んでいますので」
「なるほど。やっぱりあのとき招待状は消えていたんだな。それを……えっとケイキさんが受け取ったと」
「はい、そのとおりです。それと私のことは、ハロクで構いません」
「んじゃハロクさん。これでいい?」
「お心遣い感謝します」
歩き始めてすぐ、扉の前で止まった。奥から何人かの気配がする。
「他の招待客は?」
「皆さんこちらでお待ちいただいています」
「それじゃあ、私もその中に混ざるとしようかな」
会話をする気はないが、誰が呼ばれたのかは興味がある。クオイトはマジックアイテムを盗みにきた。その目的を考えると、この部屋にいる連中とは敵対する可能性があるのだから。
使用人がドアノブを動かす。おそらくわざとそういう作りにしているのだろう。ガコンと、ドアは過剰な音をさせた。
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