episode.5 どうも女運が悪い気がする
第17話 彼と林檎パイと
林檎のパイを作ろうと食料棚へ向かったシェリルはあっと気づく。林檎の在庫がもう一つしかなかった。ラルフに無くなることを言わないとなと林檎を手に出る。彼は今日は早く帰ってくると言っていたので、折角なら一緒に食べようと思ったのだ。
林檎を切り分けて少し火を通す。軽く冷ましてから蜂蜜とレモン汁を加える。作っておいた生地に乗せて焼き上げるだけ。暫くして焼き上がったアップルパイを切り分けて皿に乗せれば完成だ。
綺麗にこんがりと焼けているパイは林檎の良い香りがする。うん、上手くいったなとシェリルは機嫌よくテーブルに皿を置いた。
「帰った」
「あぁ、お帰りさないませ」
食卓の方へとやってきたラルフをシェリルは出迎える。彼は少しだるそうにしていたのできっと疲れているのだろう。「お疲れ様です」とシェリルが声をかければ、ラルフは「あぁ」と頷いて席についた。
紅茶を淹れてシェリルも椅子に座る。淹れてもらった紅茶を飲みながらラルフは林檎のパイを口に含む。目を細めて美味しそうに食べる姿を見てシェリルはふっと笑んだ。
どんな形であれ、自分の作った料理を美味しいと言って食べてくれるのは嬉しいものだ。シェリルはパイを食べながら思う。
「不思議だ」
「何がですか?」
「どうして似ているのだろうかと」
「うーん、そうですわね……」
もしかしたら作り方が似ているのかもしれない。でも、林檎のパイはそれほど多くの材料を使うものではない。林檎の種類が違うのか、それとも蜂蜜の量の差か。
もしかしたら生地のバターや塩分の量かもしれない。そう言ってみれば彼は不思議そうにしていた。
「砂糖ではないのか?」
「え? あぁ、エイルーン国では砂糖よりも蜂蜜を使うんですよ」
エイルーン国ではケーキなどお菓子に甘みをつける場合、砂糖より蜂蜜を多く使う。それは蜂蜜が豊富に採れるため、主流になったからというのが理由だ。もちろん、砂糖を使うお菓子もあるけれど、蜂蜜のほうが好まれる。
シェリルも砂糖の甘さよりも蜂蜜の甘さが好きだった。だから、甘みをつける場合は蜂蜜を多く使っている。それを伝えるとラルフに「こっちは砂糖が主流だな」と言われた。
フルムル国は砂糖が主流なようだった。砂糖がよくとれる土地柄というのもあるのかもしれない。土地によって違うものなのだなとシェリルは驚く。
「なるほど……それでか」
「もしかして、お母様はフルムル国の方ではないとか?」
「いや、そうではない。母は蜂蜜が好きだったんだ」
あの甘味というのが砂糖とは違っていて好きだと言っていた。ラルフは思い出したように呟く。だから、砂糖の代わりに蜂蜜を使っている可能性はあった。それなら味が似てしまうのも頷ける。
「ラルフさんはお母様が作った林檎のパイが好きだったんですね」
「好きだったが、シェリルの作ったパイの方が好きだ」
シェリルは言葉の意味がよくわからず首を傾げる。母親の味に似ているから食べているのではないかと思ってたからだ。
ラルフはどう言葉にすればいいのかと悩ませながら「お前が作るから好きだ」と言った。
「確かに母の作ったものに似ている、それは間違いない。でも、シェリルが作ったから俺は食べたいと思ったんだ」
母の作った味に似ていて懐かしさを感じたのは間違いない。けれど、だからと言って頻繁に食べたいとは思わない。ただ、シェリルの作った林檎のパイはまた食べたいとそう思えたのだ。
上手く言葉にできなくてすまないとラルフは謝るので、シェリルは大丈夫と微笑んだ。なんとなくだが言いたいことは伝わった。
お前が作ったから食べたいと言われて嬉しかった。お菓子作りを趣味にしていたけれど、誰かに食べてもらったことは実のところなかった。
自分で作って、自分で食べる。お菓子は好きだったから、それはそれで満足していたけれどこうやって誰かに食べてもらって美味しいと、また食べたいと言ってくれたことが嬉しくてまた作ろうとそう思えた。
「私でよければ作りますよ」
「ありがとう、シェリル」
「構いませんよ。あ、ラルフさん。林檎の在庫がもうないですけど……」
「わかった。丁度、城下に出ようと思っていたから買ってこよう」
「その、着いていっても……」
またクレプのタルトが食べたいなと思いつつ聞いてみると、ラルフは察したようではあったが首を左右に振った。
「駄目だ」
「なぜ!」
「知り合いに会いに行くからだ」
どうやら、定期的にその知り合いとは顔を合わせる約束になっているらしい。もしかして、家族か親戚だろうかとシェリルは思った。確か、彼は定期的に顔を出すことで一人暮らしを許してもらっていると聞いている。自分なんかが一緒では迷惑にもなるよなと。
理由は分かったけれどやはりクレプのタルトは食べたかった。残念そうに眉を下げてるとラルフは小さく息をついた。
「……クレプも買ってこよう」
他の荷物も持つため、潰してしまう可能性を考えるとタルトは無理かもしれないが果実そのままならば持って帰れなくはないとラルフは話す。
「それにお菓子に加工しなくとも、そのまま食べても美味しいぞ」
「なるほど!」
確かにそれもそうだ。そのまま食べてみたいし、パイにしても美味しそうだ。シェリルはお願いしますと目を輝かせる。ラルフはあぁと頷いて喜ぶ彼女に優しげに目を細めた。
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