第18話 好きになった人と結ばれるほうがきっと幸せ
「シェリルー!」
昼を過ぎた頃、高らかに呼ばれながら玄関の扉が叩かれる。その知った声に今日も元気だなと思いながらシェリルは扉を開くと、ユラとリンバの二人が立っていた。ユラがやっほーっとにこにこしながらシェリルに抱きつく。
それに首を傾げる、いつもと様子が違うように感じたのだ。ふと、仄かにお酒の匂いがする。これはもしかしてとユラを見れば彼女の頬はほんのりと赤く色づいていた。
「もしかして、お酒飲んでる?」
「わっかる~」
えへへと笑うユラの代わりにリンバが実はと説明する。どうやら集落で作っていたお酒が蔵出ししたらしい。蔵出ししたお酒は町で売る前に集落の皆で試飲するのだという。
「せっかくだからシェリルも誘おうと思って~」
「え、いいの?」
「いいよ、いいよぉ。許可はもらってるしぃ」
「長もラルフさん連れてこいと言ってたんだ」
にへらと頬をだらしなくさせながら言うユラを支えながらリンバは苦笑していた。その様子に彼女はお酒にあまり強くないようだ。話を聞いてシェリルがどうしようかと悩んでいるとラルフが起きてきた。玄関の前でシェリルに抱きつくユラの様子に眉を寄せている。
「酒か」
「蔵出したお酒を飲むお誘いらしいくて……」
そう話せばラルフはなんとも言い難い表情を見せたて、それは行きたくないようにも見えた。集落とは友好的な関係を築いているため、こういった誘いというのには顔を出すほうがいいというのをシェリルは理解している。彼もそれは分かっているが気乗りしていなかった。
「酒の席となるとな……」
「あぁ、なんとなくわかります」
酒を飲むと変わる人もいる。例えば陽気になったり、笑い上戸になったり。絡んできたり、泣き上戸になったり、騒ぐ者だっているだろう。パーティーでお酒を嗜むのとは違うのだ。
実際にシェリルが見たわけではないが、酒癖が悪い人というのは存在する。ラルフはすでに思い浮かぶ人物がいるらしい。
「ヴィルスさんは?」
「あいつは馬鹿みたいに飲んでも酔わない。年寄りたちがからみ酒だ」
思い出したのか嫌そうに眉を寄せていた。それでもユラがみんな待っていると言うものだから断ることができないので、ラルフは諦めたように溜息を吐いた。
*
集落の広場ではもうすでに出来上がっている人たちで溢れていた。わいわいと騒ぎながら男も女も酒を飲んでいる。子供たちは果実水を飲みながらそんな大人たちを気にするでもなく遊んでいた。
昼過ぎから酒とはどうなのだろうか。酒は夜に飲むものと決まっているわけではないけれどイメージというのはある。集落の風習だと聞いているのでこういうこともあるのだろうとシェリルは納得しておいた。
「おーー、ラルフもきたかい」
「長、酔ってるな」
「当然だろう」
年老けた金髪の老人が笑うその頬が赤くなっているので、そこそこ飲んでいるようだ。その側には若い娘が立っていた。綺麗な藍髪を結った可愛らしいウルフス族の女はラルフを上目使いで見つめている。彼女も程良く飲んでいるようで頬が赤らんでいた。
「ラルフよ、うちの孫、リミィを嫁にせんかね?」
「その話なら断っただろう」
「えーー、あたしは大丈夫なんですよ~」
長の隣に立つのは孫娘のリミィというらしい。彼女はそう言ってラルフの腕に抱きついた。なんと大胆なとシェリルは普通の子はこんな感じなのかしらと少し驚く。
ユラはシェリルに抱きつきながらリミィを睨んでむっと頬を膨らませている。
「まぁ話もなんだ、一緒に飲もうじゃないか」
「いや、俺は……」
「一緒に飲みましょう!」
二人に連れられてラルフは広場の方へと引っ張られてしまう。それをシェリルは大変だなと思いながら見送った。
「あー! あの女めぇ」
ユラは怒ったように言う。どうやらリミィという女性は難があるらしい。
「この前まではリンバ狙ってたくせに、ラルフに鞍替えぇとかぁあ」
なるほど、鞍替えが早いタイプの女性なのか。シェリルはマチルダのことを思い出した。彼女に似ている気がしなくないと。
今はラルフを狙っているのはその態度と声音で分かる。彼は人間から見ても端正な顔立ちで性格も悪くないので人気なのも頷けた。本人は言い寄られて困っているかもしれないが仕方ないことだ。
「おー、来たか!」
「あ、ヴィルスさん」
リミィの悪口を言いながらシェリルに絡むユラを宥めているとヴィルスは笑みを見せなが駆け寄って、「妹がすまない」と謝る。
ヴィルスは酒は飲んでいるのだろうが全く酔っているふうには見えない。口調もいつもと変わらないので、本当に飲んでいるのだろうかと疑いたくなる。
「こっちのベンチで飲もうぜ!」
「リンバ、飲むぞ~」
「こら、ユラ……だから、飲むなって言ったのに……」
「すまんな、リンバ」
案内されたベンチに座るとユラはリンバに抱きついてまた酒を飲もうとする。そんな妹の姿にヴィルスは眉を下げているが、それでも止める気はないようなので大丈夫ではあるのだろう。
「あ、そういえばリンバさんは飲んでいらっしゃるの?」
「いや、オレは苦手で……」
リンバはそう言って恥ずかしそうに頬を掻いた。酒を飲むと気分が悪くなって吐いてしまうらしく、だから飲まずにいるとのこと。それで平気そうだったのかとシェリルは納得した。
「シェリルちゃんは大丈夫か?」
「まぁ、嗜む程度でしたら」
二十歳の誕生日に酒を飲んだことはあるがそれも嗜む、グラス一杯ぐらいだ。それぐらいならば大丈夫であるのは把握している。そう答えればヴィルスがカップに酒を注いで渡してくれた。
赤く色づくそれに果実酒であることは見て取れる。一口飲むと甘く舌に残るが酒の匂いは強くなくて、独特の味がしないので飲みやすい。これはたくさん飲んでしまう人がいるわけだとシェリルはその味に頷いた。
「甘いですわね」
「こっちの酒はこれが支流でな。飲みやすいのが売りなんだよ。まぁ、飲みやすいから飲みすぎるわけだが」
はっはっはとヴィルスは大笑する。予想通り、飲みすぎる人は多いらしい。シェリルは気をつけようと少しずつ飲むことにした。
ちらりと見遣れば遠くの方でラルフがリミィに抱きつかれながら酒を飲んでいるのが見える。何処か不機嫌そうに見えるのだが気のせいだろうか。
(ラルフさんはお酒が嫌いなのかしら?)
それとも付き合いで飲むのが苦手なのか。それにしても険しい顔をしているような気がしなくもない。
「うわー、ラルフさん機嫌悪そ」
シェリルだけでなくユラもそう思ったらしい。ヴィルスはあれはなぁと同情するような視線を向けていた。
「ラルフはあのタイプの女は嫌いだからな」
「あのタイプと言いますと?」
「ベタベタ触ってきたり、しつこいタイプの女さ」
ベタベタと許可なく触り、人の懐に無理矢理ねじ込んできてはしつこいタイプが苦手なのだという。リミィは二十歳を過ぎてもまだ結婚相手が見つかっていないから焦っているのだろうとヴィルスは話した。
「集落にも未婚の男はいるが、リミィは面食いでなぁ。顔が良い男しか相手にしねぇんだ」
「ヴィルスさんはどうなんです?」
「お兄も猛アタックされてたけど~断ったんだよねぇ~」
「好みじゃねぇからなぁ」
もう少し大人しければなぁとヴィルスは残念そうにぼやく。どうやら大人しい女性が彼の好みらしい。
リンバは彼女が得意ではないらしく、話すのが怖いと言っていた。ユラと結婚することになったのを知った彼女は、リンバへの態度をガラリと変えてしまったかららしい。
「急に冷たくなって怖かったんすよ……」
「あぁ、それは怖いわね」
「ユラがすげえ良い子だって実感した」
「ワタシは良い子ですよぉ~!」
何を今更だとユラは頬を膨らませてリンバを見た。彼はごめんと謝罪しながら彼女のコップに飲み物を注いでいる。見た感じ、果実水だった。これ以上は飲ませられないと判断したらしく、それにユラは気づいていない。
「てぇーかねぇ。ラルフさん、ひどい、でっしょ!」
「何が?」
「なにがって、シェリルがーいるのにだよ!」
シェリルは不思議そうにユラを見遣る。どうして私がいるから酷いと言うのだろうかとその言葉の意味が分からなかったのだ。
ラルフに良い人ができるのはいいことではというシェリルの反応にユラは眉を寄せた。ヴィルスもあぁと納得したようだ。
「シェリルは、ラルフさんが他の誰かにー取られてもいいっていうの!」
「え、いや……ラルフさんが好きになった方ならいいのでは?」
「シェリルは、ラルフさんのこと好きじゃないの!」
「えっと……」
ユラが何を言いたいのか分からないわけではない。けれど、自身にはそれを選ぶ権利はないと思った。ラルフはとても優しい。訳も聞かずに雇ってくれて、気分転換に誘ってくれたり、愚痴を聞いてくれたりもした。泣いていた自身の側に寄り添ってくれた。好きか嫌いかと問われれば、きっと。
「好きだったとしても、私では駄目なのですよ」
逃亡中の身である自身では、身を明かすこともできない自身では、きっと相手にはできないだろう。それに好きにも種類があって、この感情は友好的ものかもしれないのだから。
「ラルフさんの好きになった方と結ばれるほうがきっと幸せですよ」
そう言ってシェリルは寂しげに酒を口に含んだ。
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