のこりもの
若槻きいろ
第1話 のこりもの
残り物を食べるのはいつも私だった。
二人で囲む食卓に、いつも残るほんの数口。仕方ないねと、貴方は言い訳して食べてくれなかった。もうお腹いっぱいだからって、そればかり。苦笑して、私も仕方ないね、ってどんな思いで食べていたのか、貴方、知らないでしょう?
食卓に乗ったハヤシライスが一人分。レンジで温めるだけで食べられる、簡単なやつにしたのは、せめての情けだった。もっと手間を掛けさせるものにしていたら、あなたから返ってくるのも、違っていたのかもしれない。
作ったのは最期の日。本当はもっと作る筈で。あと幾つ、どれくらい、貴方に作ってやれるのか。そればかり考えて、キッチンに立った。冷えた室内が温かくなるのも、煮え立つ鍋の匂いに貴方がこちらを見るのも、嫌いではなかった。コツコツ集めたキッチンツールを使いこなしてこの場に立つ私は、それが誰の為であったか。思い知らされて、湯気が目に当たって、目じりが潤う。
後悔すればいいと、悔やんだのは私ばかり。
一杯だった冷蔵庫の中身が遅々として空になっていくの、私知っているのよ。
あれからずいぶん経つのに、ちっとも増えたりしない。偶に誰かが入れては駄目にして。あったものだけがいつまでも居座ったまま。お皿にのこったものたちは、貴方が少しずつ残したものもあったの。意地を込めて悪さをした。気づいたのかな。わからないね。
お浸しや煮物、きんぴらごぼうとか、しょうが味のそぼろとか、いっぱいあったものが小さくなって冷凍庫に仕舞われていく。
ずいぶん経ってから気づいたように行われる様を見て、私、呆れたのよ。
慣れない小分けをして冷凍してまで、残す意味って何だろうね。食べられないなら捨てていたのに。賞味期限を一番気にしていたのは貴方の方。さっさと気づいてほしかった。なくなった途端、大事にするの良くないよ。
壁にかかったカレンダーは一か月以上変わらないまま。せめて二か月前になる前には、変えてよね。物の配置も、畳まれずに床に溜まる衣服も、どうしてだったか思い出して、自分でやるようにしてくださいね。寒くても、温かくすることを忘れないでね。もうすぐ、春だからって気を抜かないように。
頂きますと声がする。どんどんどんどん、運ばれていく。
量が多いって文句ばかりだったのに。あんなに仕方ないって、何度も聞いたのに。こんな時ばっかり、急いで食べるのってどうなの。
せめて味わってほしい。私の好物なんだから。何度も出たんだから、知っているでしょう?
綺麗に跡かたなく。空っぽになっていく。こんな時ばかりやるせない。
最後の一口が消えた。
のこりもの 若槻きいろ @wakatukiiro
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