息子から父へ贈る弔辞

 副都ヘージョーにある離宮より14日前に宗教都市ヒエーンリャックのテンダーイン大神殿の大葬祭場に移送されたケント1世が眠る棺。棺の蓋には冷蔵魔法が付与された魔石がはめられており、ケント1世が腐らないようになっている。


 先帝ケント1世が崩御したのはリヴァストン暦74年9月10日の夜のことである。

 生涯ただ一人愛した皇太后ハンナ、嫡男である3代皇帝ハルト・テンデル・リヴァストン1世とその一家だけでなく、ケントとハンナの間に生まれた子全員の家族に看取られ、息を引き取った。


 昼13時より始まったテンダーイン大神殿の大葬祭場での国葬。

 献花は経典を元にした賛美歌を背景音に、大陸外の友好国の元首、帝国内の貴族の者達によって粛々と行われていく。

 そして、終盤は皇族の者達が下位の序列の者から順に花を捧げ、ハルト1世による献花が行われた後に、最後の献花者として老いて尚背筋を伸ばし毅然とした気品あふれる皇太后ハンナが祭壇の前に立つ。ハルト1世に支えられながらハンナの手により黒いバラを999本、11回に分けて捧げられた。

 最後の花束を捧げたハンナの目元からは二筋の涙がこぼれ落ちた。


 近衛兵団長に支えられながらハンナが着席するのを待ち、ハルト1世が祭壇の前に立ち、ケント1世の遺影に顔を向けた。


「祖父上タクト・ブレブ・リヴァストン1世とともにこの国を大きくした偉大なるケント・ワイズ・リヴァストン1世。いえ、ここでは父上と呼ばせていただきましょう。

 父上は物知りな方でした。父上は強い方でした。父上は厳しくも優しい方でした」


 そんな語りかけから始まるハルト1世の弔辞。


「私が幼き頃、皇宮を父上と2人で散歩していた時に歩くのに疲れた私を背負ってくれた父上の背中はとても大きかったことを今でも思い出すことができます。

 私が幼き頃、とある女の子を泣かせた時に父上から受けたゲンコツの痛みもまた私の大切な思い出です。今ではその女の子は私の愛する伴侶となってます。故にこれもまた私と父の間の大事な大事な思い出のひとつなのです。

 私が立太子する前に打ち明けた悩みに対し、父上は『お前の思う通りに国を仕切ってみなさい。お前ならちゃんとこの国を更に栄えさせることができる。いざという時には私に相談すれば大丈夫だから。それとお前の優しさが甘さにならないように気を引き締めるのも忘れないようにな? いざという時はお前がガキだった頃の傲慢さを出してもかまわないのだから。まあ、しばらくは私や父上の指導を受けながらだけど頑張ってくれよな?』と笑って励ましてくれたこと、私は忘れません」


 ハルト1世の弔辞の傍ら、場内からはすすり泣きの音が聞こえる。


「父上が皇帝として即位してよりの25年間、まさに激動の時代でした。父上が即位した当時は祖父上が父上とともに大陸を統一してから5年とは言え、まだまだ内乱の熾火おきびくすぶったままでした。

 皇帝として陣頭指揮を採るために城を出る前には必ず私や弟、妹たち、ついでに母上の頭を撫で、『いいか? ハルトが15になるまでには必ず完全な帝国にしてみせるからな?』とおっしゃっていたのを覚えています。

 そして、事実、それはなされました。そう、それは私の立太子の前のことになりますね。

 父上は私が悩みを打ち明けたあの夜、こうも仰っておりましたね。

 『ハルト? よく覚えておきなさい。国が国としてあるのは民あってのものだ。それを忘れて己の権力に溺れるようなことはあってはならないし、民を虐げるような者は例え皇家の血を引くものであろうがなんだろうが捨ててしまえ。愚かな者は皇族、貴族にはいらないのだ。例え我が子だろうがな。命を奪うことをしたくないのであれば、脅して国から追放してしまえ』

 幸いにして、私達兄弟姉妹は身をわきまえていました。あの当時は我々皇族からそのような者が出ることは私が生きている間には有り得ないだろうと思っていました。

 しかし、不幸なことに私の従兄弟が愚か者でした。あれは私が25の頃でしたね。

 従兄弟の皇族を笠に着た愚行を知った父上の怒りは凄まじいものでした。それ以上に祖父上の怒りが凄まじく、祖父上が従兄弟を殺そうとするのを父上がどうにかして宥めつつも従兄弟や従兄弟を唆した愚か者共を折檻し国外追放しましたね。

 父上は『愚か者だが使いみちはある。苦境に追いやった上で自ら死ぬこともあたわない。死ぬよりもひどい罰を与えるのもまた救いの道だ。何、あいつならちゃんと新天地でやっていけるだろうさ』と国外追放した直後におっしゃられていました。

 この時、私は『なるほど、為政者とはこういう厳しさを持ってするものなのだ』と痛感し、より父上や祖父上の薫陶を受けようと決心したのです」

 ハルト1世の弔辞はまだまだ続く。ケント1世からハルト1世への薫陶はここまでのものだったかと感心するものも多くいた。


「父上から教えていただいたことはまだまだありましたね。戦のことや貴族や皇族としての矜持のことだけではありません。外交や内政のことも教えていただきましたね。

 『いいか? ハルト。国を栄えさせるためには産業というものが大事だ。故にどこに何があるかを知り尽くさなければならないのだが、何せ大陸は広い。故に新たな発見というものが出てくる。一応は私と親父とでありとあらゆる対応方針を書物にまとめてはあるが、それに載っていないことも出てくるかも知れない。その時はしっかり専門の人から意見を聴いた上で国のためになるような判断をしろ』と。

 これは内政を進める上で大いに役立ちました。

 更にはこんなこともおっしゃられていましたね?

 『いいか? ハルト。お前の時代はこの大陸だけではなく、他の大陸のことも見なければならない。そこにはこの大陸とは大いに異なる文化というものがある。友好を結べそうだと思う相手の文化はなるべく尊重しなさい。我が国はこの大陸を治めるので手一杯だと思って動いたほうがいい。これ以上は広げられない。でも、他の大陸の国がこの大陸を狙うなら、その大陸の別の国と友誼を結んでけしかけるんだ。敵の敵は味方とも言うからな』

 私や母上たちを連れて、他の大陸まで赴いてまで結んだ違う文化を持つ国との友誼。

 見ておりますか? 父上。貴方の友がわざわざ老いた身体に鞭打ってまでして別の大陸から貴方に別れを告げに来ましたよ? しかも、こちらにも聞こえるくらい泣いておりますよ」


「な! 泣いてなんかおらん!」


「ハハッハハ」「フフフフ」「クスクス」


「なんじゃ! 皆して!」


 ハルト1世がケント1世の遺影にそう語りかければ、臨席している他の大陸の友好国の国家元首が抗議の声を上げれば、場内は笑いに包まれた。


「ええ、そうですね。泣いておりませんでしたね。失礼しました、ダリウス1世。

 父上、見ておりますか? 皆、貴方のためにここまで来たんです。この大神殿の外にある献花場もおそらく帝都の民がたくさんの花束を貴方に捧げていることでしょう。

 そして、ここには来れない方々もまた近くの教会や神殿で花束を貴方に捧げていることでしょう。

 そして、貴方の愛する母上もまた貴方のことを思っています。母上が貴方に999本の黒いバラを捧げてくれました。貴方が亡くなって明くる朝。

 母上から『ケントに999本の黒いバラを捧げたいの』と相談を受け、私はすぐさま、国中のバラ農家からかき集めるよう指示しましたよ。もちろん。

 本当に貴方は母上から愛されてますね。昔、父上が仰ってましたものね。

 『999本の黒いバラの花束。何度生まれ変わっても貴方を愛する。そういう意味だぞ。私もハンナに結婚50年の時にそれを贈ろうと思う』って。事実、それを実現しましたしね。ええ、仲睦まじかったですからね。本当に。

 国を愛し、母上を愛し、貴方と母上から生まれた私達兄弟姉妹を愛した偉大なるケント・ワイズ・リヴァストン1世。貴方の築き上げてきた歴史が今、この大葬祭場にあります。84年の長い長い生涯、大変お疲れさまでした。どうか今は疲れた御霊みたまを癒やしてください。そして、私もいつかまた父上の元に馳せ参じることになりますが、どうかその時は暖かく私を迎えてください。

 さて、私の弔辞はここまでとしたいなって思います。母上から最後の別れの言葉を頂きたいことですし」


 こうして、ハルト1世の弔辞が終わった。

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