第三十二話 狂った存在

「はぁ……はぁ……大丈夫か、心亜……?」


「ええ、なんともないわ」


 突然の吸血鬼ハンターの襲撃から逃げた柊真と心亜は、学校の最寄り駅、蔓林つるばやし駅に到着していた。


「全く……アイツなんなんだよ」


「吸血鬼ハンターって言ってたわね」


「なんでアイツは心亜が吸血鬼だって分かったんだろ」


 確かに、件の吸血鬼ハンターはなんの迷いもなく正確に吸血鬼の血を引く心亜を襲った。これは吸血鬼を判別する方法を持っていることに他ならない。


「ていうか勇気さん大丈夫かな?」


「連絡とってみる?」


 心亜が携帯を取り出し、勇気に電話をかける。しかし、繋がらない。

 この時、勇気は梶原の研究所でカードをちょっとだけ破っていた。


「家に帰る訳にも行かないし……どうしようか」


 どういう選択を取ろうか迷いに迷っている柊真に、誰かが近づいてくる。


「なにかお困りですか?」


 そう声をかけてきたのはメガネをかけた好青年。柊真よりも身長が高く、緑色のラインが入ったスーツを着ている。


「……あなたは?」


「私は中原修斗なかはらしゅうと。なんでもないただのサラリーマンですよ」


 中原と名乗る青年は心亜の方を見て、優しく微笑みかける。


「お嬢さん、そして、その付属品さん。良ければ私が助けさせてください」


「付属品だと!?」


 柊真は突然現れた謎の存在に付属品だと呼ばれた事実に憤慨する。


「付属品って言葉はないと思うわよ?」


 心亜も中原の言葉に怒りを露わにする。中原は心亜の怒る様子に申し訳なさそうな表情を見せる。


「ごめんなさいお嬢さん。じゃあ、関連人物、ぐらいにはしてあげましょうか」


 中原は含みを持った笑みを浮かべ、舌なめずりをする。柊真は未だ怒りが収まらない。


「謝罪と言ってはなんですが、私のお家でお茶でもいかがでしょう?」


「……嫌です。何をされるか分かりませんし」


 それを聞いた瞬間、中原の顔から笑みがスーッと消えていく。完璧な真顔となった中原は、またも舌なめずりをして、心亜をお姫様抱っこする。


「ならば力づくで持っていくのみ!お姫様、参りますよ!」


「あ、おい!お前のお姫様じゃねぇわ!心亜!魔力、供給してくれ!」


「おっけー、柊真くん!」


 運ばれる心亜から柊真へと一瞬で魔力が供給され、柊真の体が一気に強化される。特に顕著なのが足だ。とにかく速い。


「捕まえたっ!」


 柊真は中原の服を強引に引っ張り、後ろ向きに転倒させる。中原がクッションになり、心亜は無事だった。


「くっ……何をするんだっ!!」


「何をするんだはこっちのセリフだ!誘拐なんてさせるかよ!こいつはオレと契約した……唯一無二で絶対的な彼女で相棒な女の子なんだ!」


「ほう……くくくっ、契約者か……つまり人妻って訳だ。燃えるねぇ……燃えたぎるねぇ!必ず、あなたを五十一人目にして差し上げますよ、絶対的王子様に一目惚れされしプリンセス?」


 中原はテンションをジェットコースターのように変化させながら、どこかに走り去ってしまった。明らかに背中が痛そうだったが……


「『絶対的王子様』ってなに!?なんだかすごく気持ち悪い響き!」


 心亜は夏なのに凄まじい悪寒を覚える。


「アイツといい、吸血鬼ハンターといい、大規模魔術といい、これは一体なんなんだ!?」


「共通していることは吸血鬼を狙っているってこと。わたしも例外なくその中に入っちゃってるわけだけどさ」


 心亜が呆れたように言ったその瞬間、柊真の携帯がブーブーとリズミカルかつ小刻みに揺れる。柊真はそれを耳に当てた。


「はい、もしもし」


『やっぱりこの番号で合ってたか。大井柊真、先程の吸血鬼ハンターの素性が何となくわかった。蔓林駅前のカフェで落ち合うぞ』


 電話帳に登録されていない番号だったが、相手は今、最も頼れる仲間である勇気であった。勇気はそれだけ言って電話を切ってしまった。


「だれ?」


「勇気先輩だよ」


「なんて言ってた?」


「駅前のカフェで落ち合おうだってさ」


 真剣な顔で訊いた心亜はその回答に胸を撫で下ろす。今日だけで三人も変人に会っているのだから、電話の相手がおかしな人であってもおかしくないと思ったのだ。


「とりあえずカフェに入りましょ?」


「そうだな」


 恐ろしい体験をした二人は、強者であるヤンキー系風紀委員長を待つのであった。



◇ ◇ ◇



「遅くなってすまねぇな。とりあえず吸血鬼ハンターの素性について話す」


 委員長は、破れたカードや写真データを持ちながらやってきた。


「単刀直入に言うと、あの吸血鬼ハンターは梶原尚子かじはらひさこという人間に操られていた」


「待ってください、梶原かじはらですか!?『わら』じゃなくて!?ちょっと写真見せてもらっていいですか?」


 柊真は勇気から聞いた名前を聞き返す。そして、勇気からもらったスマホを操作し、少しだけブレた顔写真を見る。


「間違いない……梶原って名前から察せる……これ、矢作の元カノの身内の人だ!」


「矢作……?矢作ってのは誰だ?」


「矢作っていうのは俺の友人です!最近彼女が浮気したから別れたって聞いたんですけど、その彼女は梶原理由かじはらりゆって名前なんです」


 柊真は目の前の写真を見ながら、矢作のことについて思い出す。


「あ、そういや、梶原尚子は『私は生贄を提供した』って言ってたな。しかも、今回の大魔術の犯人に」


「じゃ、じゃあ、もしかして、その浮気相手が……大魔術の黒幕……?」


 心亜が核心をついた発言をする。柊真は急いで自分のスマホをポケットから取り出した。


「矢作に電話しよう!!」


 プルルル、プルルル、矢作は二回のコールで出た。


「矢作、急にすまん!思い出したくない思い出かもしれないけど、矢作の元カノ……梶原理由さんについて教えて欲しい!」


『理由の事か……?』


「あ、いや、どっちかって言うと、理由さんの浮気相手についてだ」


『浮気相手……そうだな、アイツは眼鏡をかけてて、スーツを着てて、俺よりずっと年上のイケメンだよ』


「……!ありがとう!矢作!お前、救われるかもしれねぇぞ!!」


『えっ、それってどうゆう……』


 柊真は興奮のあまり、ブツっと切ってしまった。


「……スーツを着てて、メガネをしてて、年上……」


「なるほどねぇ、点と点が繋がった感じがするわねっ」


「ん?どういうことだ?」


 興奮する柊真、ニヤける心亜、困惑する勇気。三者三様の反応ながら、一つの事実に向けて、謎が少しづつ解け始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る