第三十一話 平和

「吸血鬼ハンターだ?そんな御大層なもんが何の用だ」


「オレサマはある女に吸血鬼を十人カードの中に封印することを命令されている!そこにいる女はその七人目ってわけさ!」


「んだと?封印?よく分からねぇが、んな事させてたまっかよ」


 勇気は吸血鬼ハンターの左手に収まっているカードを奪い、心亜に当たらないように捨てた。


「な、何するんだクソ女!イタタタタ!!」


 勇気は吸血鬼ハンターを押え付ける右手にかなりの体重をかける。


「随分と立派なお口ですねぇ。二度と口聞けねぇよォにしてやろうか?」


 勇気は柊真に心亜を避難させるようにアイコンタクトをし、自らは吸血鬼ハンターの方に集中する。


「オイ吸血鬼ハンター。その雇い主ってやつの所に連れてけ。連れていかなかったら……分かってるよな?」


 勇気は吸血鬼ハンターを脅す。別に連れていかなかったところで何かをする訳では無いのだが。


「ひっ……分かりました……」


 だが吸血鬼ハンターはただの少年。こんなことを怖い人から言われたら一応言うことを聞くに決まっている。勇気は少年への押さえつけを弱め、腕をガっと掴んだ。


「オラ、歩け」


 勇気は少年を威圧するが、少年は動こうとしない。ただその場に立ち尽くしているだけだ。


「歩けや。なに止まってんだ?」


「へっ、動いてたまるか。そもそも、アジトを自分の口から明かすわけないだろ」


 勇気はその言葉を聞いてため息をつく。聞き分けのないガキだ。


「あのな、オレだって極力平和的に解決してぇ訳だわ。でもな?お前がオレの言うことを聞いてくれねぇと多少手荒なマネをすることになるぜ?」


 勇気は女子高校生としてはかなり高身長な体を駆使し、少年を脅す。しかし、自称最強の吸血鬼ハンターが簡単に捕まるわけにはいかない。全力で勇気の拘束を振りほどき、俊足を飛ばし街を爆走する。だが、自由に逃げられるのも一瞬。五十メートル六秒台前半のスプリンターである勇気は、息をあげることすらなく少年に追いつく。


「おいおい、逃げんなよ。ほら、アジトだ。案内しろ」


 少年は、勇気のあまりにも速いスピードに威圧され、目からぶわっと涙がこぼれ落ちる。それから渋々と勇気をアジトに案内した。




 吸血鬼ハンターのアジトは、住宅街の中にひっそりと佇んでいた。外見はただの平屋だが、恐らくなかにはいろいろな仕掛けがあるはずだ。


「鍵あけろ」


 勇気が少年に指図すると、少年は涙を拭きながら二つ付いた鍵を順番に開けた。


「あら〜!ゆうとくんおかえり〜……ってあんた誰?」


 家から恐らく二十代の女が出てくる。少年の名前は「ゆうと」というようで、この女が雇い主のようだ。


「急に来て申し訳ねぇが、オレは実験をしに来たんだよ」


「あら、もしかして被験者の方!?嬉しいわぁ!わざわざこんなキツい実験を自ら受けに来てくださるなんてっ!」


 女はなにか勘違いをしているようだが、勇気はそれを好都合だと捉える。


「私は梶原尚子かじはらひさこ!吸血鬼の研究者よ!さぁさぁ!中に入って実験よ!」


 梶原は突然やってきた来訪者を自らの勝手な解釈で信用し、簡単に中に入れてしまう。勇気はセキュリティの甘さにニヤけるが、なにか裏があるのではないか、と若干の疑いを持つ。



 アジト、という名目の家の中はよく分からない機械や道具がゴロゴロと……転がっているわけでもなく、なんでもないただの家であった。だが、それは表向きの姿。梶原に案内された押し入れの中には階段があり、下へと続いていた。

 そこを下りると、巨大なビーカーのような機械が十個あり、何かのチューブが大量に繋がっている。十個のビーカーのうち、六個には人が服を着たまま入っている。

 勇気はその様子に衝撃と怒りを覚える。


「研究室にようこそ!さぁさぁ、一緒に実験しましょう?」


 梶原は狂気的な笑みを浮かべながらも、優しい声で勇気に語りかける。


「ちなみによ、その実験ってのはどうやんだ?」


「あら、気になる?吸血鬼十人を特殊な材質のカードに封印し、生贄にして、人類と吸血鬼の平和に役立てるの!あなた、制服を着てるから学生さんね。良かったわね〜!あなたは新たな世界の救世主になるのよ〜」


「ほーん。で、オレが封印されるとして、それがなんで人類の平和に役立つんだ?」


「吸血鬼の中にある全ての魔力を一点に集めて、それを全世界に放出するの!そうすれば全世界にいる悪い存在は消滅!凶悪な犯罪者は死に、人を襲う害獣は肉になり、悪魔は全て地の底に堕ちる!素晴らしいことだと思わない?」


 梶原は手を大きく広げ、計画の素晴らしさをアピールする。


「なるほどな、確かに面白いな」


「でしょう?この計画は自信作!」


「いーや、計画じゃねぇ。オレがおもしれぇっつったのはテメェの頭の中の方だ」


「なんですって?」


 勇気が嘲笑うように言うと、梶原の顔が急激に曇る。


「犯罪者を殺して『平和になりました、良かったねー』で済むわけがねぇだろうが。んな事して本当に平和になると思ってんのか?」


「あら〜?お説教かしら〜?」


 梶原の顔に狂気的な笑みが戻ってくる。勇気の怒りが更に増加する。


「人を殺して訪れる平和なんてたかが知れてるだろうがよ。人を殺さず暴力を排除する。それが平和ってもんじゃねぇのか?」


「じゃああなたは今の世の中が平和だと思ってるわけ?七十年以上戦争が無い国に住んでるせいで、頭がお花畑なのかしら?そんなイカつい見た目してるのに?ま、いいわ。教えてあげる」


 梶原は椅子に深く座り直し、リラックスしたように首を回した。


「結局のところ、平和な世の中に悪人は不要なの。皆が秩序を守り、嘘をつかず、互いの為に尽くす。そんな世の中、素敵じゃない?」


「人を殺して平和を得ようとするお前も悪人だと思うけどな」


「あら、人殺しは悪だと思う?」


 梶原は人間としては最悪な笑みを浮かべ、勇気に問いかける。勇気はすぐに答えることが出来ない。


「ねぇ、歴史上に出てくる戦国武将たちって、人殺しをしてるじゃない?それって、『悪』かしら?」


 勇気は答えに困った。一般的に「悪」と呼べる武将はいる。しかし、それが人殺しによるものだとは一概には言えなかった。


「ね?世直しのために悪人を殺すことは、悪ではないの」


「テメェ、過去の話しかしねぇな」


「過去を見なければ成功はないわ」


「未来を予測しなければ失敗すると思うがな」


 研究室に沈黙が訪れる。二人の女は互いに牽制し合う。


「ま、これから一生話すことの無い人とお話し続けてもキリがないわ。さぁさぁ、封印されなさい?」


 梶原は勇気に向かってカードを突き刺す。しかし、勇気は黄金の血ではあるがただの人間。封印などされるわけが無い。


「あれ?壊れちゃったかしら」


「オレは吸血鬼じゃねぇ。人間だ」


 梶原はそれを聞いた瞬間「はぁ!?」と驚き、カードを捨てた。勇気は梶原の胸ぐらをガっと掴み、強制的に椅子から立たせた。


「テメェ、吸血鬼への大規模な魔術、知ってんだろ?」


「さぁ?なんの事かしら?」


 梶原は勇気の質問に対してとぼける素振りを見せた。


「なんか知ってんだな?」


「いいや?」


 勇気は梶原を椅子に向かって投げるように解放した。


「なんの情報を知ってんだ?」


「だから知らないって〜」


 勇気はシラを切り続ける梶原の足元に落ちていたカードを広い上げ、梶原の前で少しだけ破いて見せた。


「教えなけりゃこれを全部破る。特殊な材質ってことは、希少なんだろ?これ」


「ふーん。脅されちゃ仕方ないなぁ。私はある研究者に生贄を一人提供しただけ。それが誰なのかは教えない」


「教えねぇなら破るぞ?」


「いいわよ。これだけは教える訳にはいかないの」


 勇気はそれを聞いてビリッとカードを破った。勇気はそれから吸血鬼たちを解放させようかと考えたが、それが逆に寿命を縮める事になる可能性に配慮し、やめることに決める。

 しかし、なにか収穫が必要だと思い、ポケットの中に入っていたスマホのカメラで梶原の顔と周囲の様子を撮影し、自慢の快足で研究室から脱出する。


「あ、コラ!待ちなさい!」


 そんな声が聞こえたが、とにかく脱出が先。立ち塞がる吸血鬼ハンターの少年を避け、家から脱出する。それからは自分の家に向かってとにかく走る。研究室の様子、梶原の顔、謎のカードの破片を手にしながら。

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