第三十話 理事長と吸血鬼ハンター

「失礼します。風紀委員長、風蓮勇気です。こちらは一年の大井柊真、同じく一年、長良咲良です」


「あ、どうも……」


 紹介を受けた柊真は、軽く会釈をした。


 理事長室はとてつもなく広かった。そこら中に何かの賞状やトロフィーが並べられ、その全てから禍々しい風格が放たれている。


「やぁやぁ、風蓮くん。それに、大井くんと長良くんだね。私は学校法人梅宮学園の理事長、鈴原充すずはらみつる。以後お見知り置きを」


 そう言って理事長は部屋の真ん中でへへっと笑った。随分と柔らかな笑顔の持ち主だ。


「それじゃあ早速本題だけど、今日は何の要件かな?」


「吸血鬼の暴走についてです。理事長もおそらくご存知でしょう?」


 勇気は、彼女らしい低めのトーンで聞いた。


「うん、まあそうだね。私自身も黄金の血だから、吸血鬼と関わる機会が多いし、もちろん突然起こった謎の惨状は存じ上げているよ」


「えっ、理事長さんって黄金の血なんですか!?」


 柊真は理事長から明かされた事実に衝撃を受ける。


「えっと、なら、教えて欲しいんですけど、黄金の血ってなんなんですか?」


「それはまだ教えられないなぁ。解明されてなからね」


 理事長は申し訳なさそうに笑う。柊真はそれをみて少し残念な気持ちになる。


「そんなことよりもまずは目の前の問題を解決しなくてはいけないね。今わかっていることは吸血鬼たちが黄金の血を求めているということ。それだけだね?」


 理事長の質問に三人は頷く。今日関わった吸血鬼たちが血を求めること以外の行動を起こすことは無かった。


「じゃあ、これの原因について話そうか。結論から言うと、この現象は恐らく人為的なものだ。そして、犯人は恐らく吸血鬼に恨みがある人物」


「……どうしてそんなことがわかるんですか?」


「はははっ。単純なことさ。昨日の夜からこの街に特殊な魔術が影響を及ぼしているのを検知してね。基本的に魔術は悪魔や吸血鬼にしか発動させられないから、間違いなく意志を持った何者かが黒幕だ。それに、こんな広範囲の魔術を使うなんてよっぽどの恨みがあるとしか思えない」


 理事長は相変わらず笑顔で話す。とは言ってもその笑顔には本当の笑みは感じられない。


「解決策はなにかあるんですか?」


「魔術の発動者が魔術を中止させることくらいかな」


 柊真の質問に理事長が答えた。笑顔を崩すことは無い。


「いや、根本的な解決にはならないかもしれないが……」


 理事長は引き出しの中から何かを取りだした。


「これを使ってみるのもいいかもしれないね」


 理事長が取り出したものはなにかの薬が入っていそうなビンだった。


「理事長、それは……?」


「これは抑制剤。本来は吸血鬼の行動を制限するために生み出したものなんだが、これは失敗作でね。血を飲みたいという衝動を低減させる程度の効果になってしまったのだよ」


 理事長はビンの蓋をきゅぽんと開けてから中を覗く。最後に使ってから一年半経っているが、まだまだ使えそうだ。


「このビンを君たちにやろう。これを使えばコミュニケーションが取れるかもしれないよ?」


 理事長は柊真たちの方へ近づき、ビンを柊真に渡した。


「あ、ありがとうございます……ちなみに量はどれくらい飲ませたら……」


「三滴もあれば十分さ。薬さじもあげるから、これで量りなさい。効果は三時間ほど続くよ」


 茶色の瓶が光を少しだけ反射している。三人の顔が曲がって映る。


「あ、あとこれもあげよう。オレンジジュース〜」


 理事長は引き出しから今度は紙パックを取りだした。果汁百パーセントと書いてある。


「これ、魔力供給に役立つから、持って行くと良いと思うよ」


 そう言って理事長は心亜にオレンジジュースを手渡した。なんだか、ただのジュースでは無さそうだ。


「今私ができるのはこれくらいかな。期待してきてくれたところ申し訳ないんだけど、根本的な解決には繋げられない。時間をかければ何とかなるかもしれないけどね」


 理事長はそう言って椅子にもう一度座った。勇気は会釈をしてから部屋の外に出た。柊真と心亜も「失礼しました」と言ってから続いた。




「犯人が分からないんじゃどうしようもないわね」


 部屋を出てすぐに心亜がつぶやいた。


「ま、いいじゃねぇか。正気に戻す方法は分かったわけだしよ」


 勇気はバッグを振りながら言った。


 階段を降り、出口を出て、校門へ向かう。今日は色々あったが、まだ月曜日。明日以降も学校はある。こんなところでクヨクヨしてられない。

 しかし、三人が校門を出て三十秒ほど経った時、クヨクヨしてしまいたくなるような出来事が起こる。目の前からフードを被った何者かが現れ、柊真と勇気の横をかすめる。そして、心亜の服を掴んでからその場に押し倒したのだ!


「「!?」」


 勇気と柊真の二人は突然の出来事に反応が遅れた。男とも女ともつかないフード被りはカードのようなものを持っている。

 勇気はフード被りの頭にに向かって蹴りをゴンと入れる。心亜に馬乗りになっていたフード被りはその場に倒れ込む。


「オイ、ゴミ。フード取れや。」


 勇気はフードを破る勢いで外す。そして現れたのは――小学生の男子だった。


「あ?ガキじゃねぇか」


「キミ!いくら子供だからってやっていい事と悪いことがあるだろ!?」


 柊真と勇気が少年をまくし立てる。勇気は少年を心亜から離し、近くの塀を使って押さえつける。


「こんなことしていいのかな?あなた、この学校の風紀委員長さんなんでしょ?」


「あ?なんでそんなこと知ってんだよ」


 勇気が鋭い目付きで質問すると、少年はニヤリと笑った。


「オレサマはなんでも知っている。なんせ、オレサマは最強の吸血鬼ハンターだからな!」


 少年は少年とは思えない悪そのものな表情を勇気に見せる。勇気の押さえつけの力が倍増した。

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