第三十三話 狂者

 その日の夜遅く、梶原の研究所。

 ゆうとはもう既に帰還し、眠っていた。

 梶原は盗まれた一枚のカードと、ゆうとがどこかに落としたもう一枚のカードの補填分のカードの再構築を試みていた。しかし、特殊な素材で出来ているカードの再構築はほぼ不可能。何をやっても「失敗しました」という文字が表示される絶望感に苦しみを覚えていた。そんな梶原の元に、一人の男が訪ねてきた。


「ハロー、カジハラさん?吸血鬼集めは順調ですか?」


 やってきたのは中原だった。梶原は中原に鍵を渡してしまっていた。


「なんの用よ。もう生贄の話はいいでしょう?」


「違いますよ。ただ単純に、提携を行っている研究所の様子が気になるだけです」


 中原は静態保存されている吸血鬼たちを見てうっとりとする。梶原はひたすらにストレスが溜まっていく。


「カジハラ?さっきから何をなさっているので?」


「なんでもないわよ」


「なんでもない割には焦っているように感じますが?」


 中原は焦りながらコンピューターを動かす梶原に違和感を覚え、机の上をチラッと覗いて見た。そこには、二枚しかないカード、再構築と書かれたパソコンが置いてあった。


「ほう、もしかして、カードを失くされたのですか?」


 中原はそう言って二枚のカードを手に持ち、まじまじと眺める。


「触らないで!」


「ああ、ごめんなさいね。でも、早いところ再構築した方が良いのではぁ?」


「分かってるわよそんなこと」


 中原はイライラを募らせる梶原から少しだけ距離をとる。


「あなたの妹さん、凄くいい生贄になっていますよ?」


「あらそう?なら良かったわ」


 中原の発言に対し、梶原は適当に対応する。しかし、これは適当に対応していいようなものでは無い。中原は梶原の様子を最後にチラっと見てアジトに帰っていった。



 それは三ヶ月前のこと。中原修斗は、檻に閉じこめた二十人の吸血鬼たちをまじまじと眺めていた。


「素晴らしいねぇ。この子達全てを私たちの血で養う!素晴らしい計画だ!」


 中原は檻の格子を掴む一人の吸血鬼の手を強引に握り、優しくキスする。吸血鬼はそれに嫌悪感を覚え、顔をしかめる。


「あなた、何者か分かりませんが、わたくしたちをいつまでこの檻に閉じ込めておくおつもりで?」


 キスされた吸血鬼が中原に訊く。中原はその吸血鬼に狂った笑みを浮かべながら答える。


「私が満足した時まで、ですかね?まぁ、その時は一生訪れませんがねぇ!!あははっ!!」


 中原は高笑いをする。吸血鬼はその様子と、こんな奴に拘束されている悔しさに気持ち悪さを感じる。吸血鬼は自らの魔術を用いてエネルギー弾のようなものを作り、中原に攻撃しようとするが、その弾はすぐにほどけてしまう。


「残念でしたぁ。中からは干渉できないようになっているんですよ。中原だけに!くくくっ」


 分かりにくすぎるボケをかました中原に対し、中の吸血鬼たちはドン引きする。いや、元々ドン引きしていたが、更にドン引きする。


「こんな美しい存在、二十じゃ足りないなぁ……そうだな……百、集めよう。そして、私という王子のための吸血鬼ハーレムを作るんだっ!」


 中原は檻の中の吸血鬼たちに優しく微笑みながら、舌なめずりをする。


「いやしかし、どうやって百集めるか……二十でも二年かかった。そうだな……黄金の血だな。それを持つ人間を餌にして、大量の吸血鬼を集めよう!じゃあ残りの人数は……八十一人ってことか。いや、生贄も必要だな」


 中原は独り言をこぼしながらタブレットを操作し、目標である吸血鬼ハーレムの絵を描き始める。



◇ ◇ ◇



 その絵が完成するまでに中原は三十人の吸血鬼を捕まえ、大魔術発動の十日前を迎えた。


「ついに出来た!理想の絵画!あとは吸血鬼五十人分の魔力と一人の人間を生贄として捧げるだけ!!さて、生贄はどうしようか……」


 中原が発動しようとしている魔術は、「理想に一歩近づく大魔術」。誰であろうと理想に一歩近づける奇跡の魔術だ。

 魔術発動に必要なのは中原が言った吸血鬼五十人分の魔力、人間の生贄、求める理想を描いた絵。中原に足りていなかったのは人間の生贄だけだった。


 中原はタブレットを使い、自分の計画にマッチした研究を探す。そして、見つけたのが、研究で提携している梶原尚子の、「吸血鬼を十人集め、世界平和に役立てる」という訳の分からない計画だった。


「ほう、これを利用すれば上手くいくな。恐らく私が大魔術を発動すれば多くの吸血鬼たちが弱るだろう。そうなれば、この女も吸血鬼を集めやすいと感じることになる。そして集まってきた吸血鬼を最後の最後で根こそぎいただく……素晴らしい!こいつから人間を一人騙し取ろう!」


 中原は急いで梶原に電話をかける。


「ハロー、カジハラさん」


『中原さん?なんの用です?』


「凄くいい商談があるんだ。君はどうやら吸血鬼を集めているらしいじゃないか」


『そうです。吸血鬼十人を特殊なカードに封印して、その後生贄にすることで魔力を使って平和にするんです』


「なるほど、素晴らしい計画だ。その計画にちょっとだけ協力したい。私は今、吸血鬼を弱らせる大魔術を行おうとしているんだが、そのためには人間の生贄が必要でね。吸血鬼が弱れば吸血鬼集めも捗ると思うんだが、どうだい?生贄一人を提供してはくれないか?」


『……なるほどね、乗った。私の妹を生贄にしましょう。連れていくのは億劫だから、取りに来てくれないしら』


「オーケー。すぐに伺うよ。あ、この計画を口外したらあなたの施設にいる吸血鬼も全ていただきますから、絶対に概要を誰かに伝えることがないようにお願いしますね」


 中原はルンルンで家を出発する。梶原尚子は妹、梶原理由を電話で家に呼び出した。



◇ ◇ ◇



 三十分後、中原が梶原家に到着。尚子は理由を中原に強引に押し付ける。


「え……?お姉ちゃん、この人誰……?」


「アンタは知らなくていいのよ。じゃあ中原さん、ダメな妹をよろしくお願いします」


「ええ、もちろんですよ」


 中原は理由の両手を強引に引きながら、研究所に向かって歩いていく。あまり力のある少女ではない理由は、なすすべもなく中原について行く。理由は助けを求めるために叫ぼうとするが、何故か叫べない。


(なんで……?なんで叫べないの……?)


「無駄ですよリユさん。あなたは魔術によって声帯の機能を止められています。つまりあなたは助けを呼べません」


 中原が淡々と説明する。理由は絶望で涙が出てきそうになる。


 そこから少し離れた場所から、その様子を目撃した男が一人……


理由りゆ……?」


 その男の名字は矢作。矢作は見間違いでは無いかと思い、自らの彼女と思わしき人物の元に駆け寄る。


「理由!」


「んん?なんですかあなた」


 中原は突然目の前に現れた謎の少年を睨む。


「理由、こいつ誰だよ!」


(矢作くん……)


 理由は矢作に状況を説明できない自らの状態を恨んだ。そして、自らの運命をめちゃくちゃにした手を引く男のことをその何倍も恨んだ。


「ほう、矢作くんと言うのですか。でもごめんなさいね。この子は既に私のものです」


「嘘だろ……?」


 矢作は目の前にいるメガネをかけた男から発せられた言葉を聞いて絶望する。この時、理由は嫌そうな顔をしていたが、そんなこと絶望している人間が観察できる事象ではない。


「それでは、グッバイ矢作くん」


 中原は力づくで理由を引っ張っていく。矢作は膝から崩れ落ちた。


◇ ◇ ◇


 研究室に帰った中原は、急いで準備を始めた。しかし、吸血鬼から魔力を抽出するのは簡単なものではなく、準備には一週間もの時間を要した。


 そして、六月十一日。ついに、大規模魔術発動の日。中原は吸血鬼五十人が入った檻の中を格子の隙間から覗いた。


「嗚呼、愛しの吸血鬼たち。少しだけ王子に付き合っておくれ」


 中原はそう言って檻の格子一つ一つに紙を貼っていく。これは魔力を吸収する紙で、これを使えば使い道の定まらない魔力を取り出すことが出来る。


 五十枚全てを貼り終わった時、その全てが呼応するように光りだし、黄色のレーザー光線のように紙どうしを光で結んだ。そして、そのレーザーに当たった吸血鬼たちは、全身の筋肉から力がスーッと抜け、その場に崩れ落ちる。


「あなたっ……わたくしたちの魔力を奪って……どうする……おつもりですか……?悪用したら承知しませんわよっ……」


 中の吸血鬼が中原に忠告する。しかし、力を失った存在が怖いわけが無い。中原は美しいものを恍惚とした表情で見つめる。


「悪用はしませんよ。あなたたちのお仲間を増やして差し上げるだけです」


 中原は冗談を言っている訳では無い。本気で、吸血鬼を弱らせる大規模魔術を「悪用ではない」と思っているのだ。


「では、美しき吸血鬼の皆さん、ご協力感謝いたします。あとは……あなただけですね。カジハラリユさん」


 中原は、吸血鬼たちとは別の場所で拘束された理由に近づいていく。理由はガチャガチャと拘束具を動かすが、当然外れることは無い。

 中原は理由の顎をクイッと上にあげ、理由の頬にキスをした。理由はただでさえ目の前の男に誘拐された上、自らの彼氏に良くない勘違いをさせてしまっていることに絶望を通り越して虚無の境地に達していた。


「これから何をするの?」


 声を出せるようになった理由が中原に訊いた。


「うーん、あなたのお友達を増やすための準備、ですかね。あなたはただ立っているだけで良いのです」


 中原は生贄にそう説明した。しかし、理由はまだ疑問が絶えない。


「待って、なんでわたしが必要なの?あなたは吸血鬼を集めてるんでしょう?だったら、わたしはいらないんじゃないの?」


「はぁ……では一応説明してあげますよ。本当は人間なんて吸血鬼の飼料でしかないんですけどね。普通、人間が魔術を発動することは出来ないんです。ですが、吸血鬼や悪魔に魔力を注入してもらえればそれを行えます。しかし、それには多大な負荷がかかる。なので、あなたには魔術発動の役目を代行して貰うことにしたのです」


 中原は長ったらしく説明する。つまり、魔術は犠牲なしで簡単に使えるものではないので、理由にその犠牲の役目を担ってもらおうということだ。


「それでは発動しますよ。スリー、トゥー、ワン!」


 魔力取りの紙が五十枚分全て中原の元に自動で集まる。中原はそこから魔力を取りだし、理由に全てぶつける。そして、理由は五十人分の吸血鬼の力を投入され苦しみだす。


「素晴らしい!あとはこれが広がるのをひたすらに待つだけ!」


 理由は激しく苦しむが、中原はそれを見て心配することも無く、魔術の広がりを待つ。

 この魔術はひたすらに広がる。半径三十キロ程度の範囲に広がった時、ようやく広まりが止まった。さらに、この魔術は建物の中にいようが外にいようが関係なしに作用する。この魔術のせいで街中の吸血鬼たちは弱りきってしまった。


「うーん、成功したのかねぇ、これは。まあとりあえずこれで良いか。今日はもう寝よう」


中原は苦しむ吸血鬼たちや理由を気にすることなく眠りについた。吸血鬼たちも理由も死ぬことはなかったが、疲弊しきっていたこともあり、その場ですぐに眠りについた。






 時は少し進んで、六月十二日午後五時を回ったところ。中原は吸血鬼を探しに外に出た。そして、吸血鬼がよく出るとされる蔓林駅の辺りへ向かい、吸血鬼を探し始める。

 どのように吸血鬼を探すのかというと、吸血鬼の牙に蓄えられた麻酔成分に反応する超音波を使って探すのだ。


 そして、三十分ほど探した時、駅前で吸血鬼の反応が現れる。その方向を見てみると、美しい紫色の瞳をした高校生らしき吸血鬼が男子高校生という付属品と共に困っている様子だった。

 中原はその美しさに一目惚れしてしまった。


「なにかお困りですか?」


中原はすぐに美しい吸血鬼に声をかけた。


「あなたは?」


「中原修斗。普通のサラリーマンですよ」


 中原は嘘をついた。しかし、いつもこの嘘で何とかやってきている。


「お嬢さん、そして付属品さん。良ければ私にお手伝いさせてください」


「付属品って言い方は無いでしょ!!女にしか興味がないんですか!?」


「まあ、付属品って言い方はないと思うわよ」


 中原は付属品に憤慨される。中原には付属品という呼び方の何がいけないのかわからなかった。


「まあ、そうですね。謝罪と言ってはなんですが、良ければ私の家でお茶でもいかがでしょ?」


 普通の女であればここで落ちる。ノコノコと着いてくるのだ。それもそのはず、中原は高身長で、尚且つイケメン。そして腕にはブランド物の時計を身につけており、少なくとも見た目は社会的ステータスの高い男性だ。


「……嫌です。何をされるか分かりませんし」


 返ってきた言葉は中原にとっては意外なものであった。しかし、中原はそう簡単には諦めない。


「ならば、力ずくで持っていくのみ!」


「あ、待て!」


 中原は目の前の美しきプリンセスをお姫様抱っこし、自らのアジトへ持って帰ろうとする。中原は体力には自信があった。持久戦に持っていけば、高校生程度になら間違いなく勝てる自信があった。


「捕まえた!」


 だが、そう簡単にはいかない。中原のスーツの裾は付属品に強く引っ張られ、後ろに向かって豪快に転倒する。


「ぐぁっ……!!」


 中原は背中の痛みに悶絶する。


「ぐわぁぁぁぁ……何をするんだっ!!」


「何をするんだはこっちのセリフだ!誘拐なんてさせるかよ!こいつはオレと契約した……唯一無二で絶対的な彼女で相棒な女の子なんだ!」


「ほう……くくくっ、契約者か……つまり人妻って訳だ。燃えるねぇ……燃えたぎるねぇ!必ず、あなたを五十一人目にして差し上げますよ、絶対的王子様に一目惚れされしプリンセス?」


 中原はこの少女を絶対に自分のものにしようと心に決め、アジトに帰っていくのだった。

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