第二十八話 ちょっとずつ近づく真実
一時間目の二時間目の合間の休み時間。十分しか時間が無い中で柊真と美宙が選んだのは――
「現れたな大井柊真!血を抜き去ってやる!」
先輩であるぐみだった。朝に子吉と蘭世と悪い雰囲気になった、というのもあるが、三人の中でぐみが一番ちょろそうだからというのも理由の一つだ。
ぐみは小さな体を大きく見せるためか仁王立ちをしている。
「ねぇ、ぐみ、教えて欲しいことがあるんだけど」
「……」
柊真が聞いてもぐみは反応しない。いつもよりも苦しそうな顔で仁王立ちしたままだ。
「やっぱり反応しないね」
美宙が柊真に囁いた。柊真は次の一手を打つ。
「ぐみ!教えて欲しいことがあるんだけど!後で血をあげるからさ!」
「む、なんだ大井柊真」
ぐみは反応した。美宙と柊真は成功したことを心の中で喜ぶ。
「あのさ、吸血鬼に血を飲むこと以外考えられなくなる病気ってある?後で血をあげるから教えて?」
「……そうだなぁ、思い当たる節はあるが、それはぐみの専門分野じゃないから詳しいことは言えないよ。ぐみの師匠に聞けば何かわかるかも」
「え!?師匠って誰!?」
「この学園の学園長さ。学園が吸血鬼を大量に入学させているのは、彼が吸血鬼の研究者であるからだよ」
ぐみは顔を赤くしながら答えた。柊真と美宙は有力な情報を手に入れられたことを喜んだが、ぐみが若干息切れしていることを心配する。
「そ、そんなことより血だ!大井柊真!早くぐみに与えるんだ!」
ぐみは大きな声で言った。柊真は赤い顔をしているぐみを心配し、ぐみの身長に合わせるように腰を低くしようとする。
「ダメだ!柊真くん!」
「え?」
柊真が立ち上がる。美宙はぐみの腰を両手でがっちりと持った。
「たぶんだけど、このまま吸わせると尽きるまで血を飲み続けると思う。だから、いつでも引きはがせるようにあたしが抱っこしながら飲ませよう」
美宙は華奢な腕で四十キロにも満たない細い体を持ち上げ、柊真の首元に持っていく。ぐみは目の前に現れた獲物の首にふたつの牙をガブリと入れ、凄い勢いで吸い始める。
「!?なんか吸う力強くないか?」
十秒ほど吸わせてから、美宙がぐみを柊真から離す。
ぐみの顔の赤みはみるみる引いていったが、ぐみは満足できないといった表情を見せている。
「な、なんか、痛い……」
柊真は血を吸われた首に痛みを感じる。今まではこんなこと無かった。それは吸血鬼側が痛みをやわらげ、快感に変換する物質を注入しているからである。つまり、痛いということは、その物質の注入が上手くいっていないということだ。
「もっとくれ大井柊真!」
ぐみは美宙に抱かれながらじたばたと暴れる。美宙はそんなぐみを投げるのではないかという勢いで教室の中に入れ、ピシャリと扉を閉めた。
「――もう授業始まるよ……!」
美宙と柊真は急いで自分たちの教室に帰るのだった。
◇ ◇ ◇
時は経ち、昼休み。普段であれば二人は別々の友人と共に食事をとるのだが、柊真の友人である矢作は浮気のことを未だに引きづって一人で過ごしているし、咲良の友人たちは朝から血を求め続けているしで近づけない。故に、美宙と柊真は初めて二人で学校での昼食をとることになったのだ。
「な、なんか家で食べる時と違っていけないことしてる感じがするんだけど…!」
柊真は学校の机を挟んで向き合い食べ物を食べるという、今までに無かったイベントに若干興奮していた。
「なーに言ってるんだよ柊真くん。カップルが昼食を二人でとるなんて至極普通なことじゃないか。というか、今まで二人で食べてこなかったことが不思議でならないね」
美宙は笑いながら柊真が焼いた卵焼きを食べる。柊真はそれをちらっと見てから少し冷えた白米をかきこむ。
「――そんなに急がなくたって良いじゃないか。早く行きすぎても勇気さんに迷惑だろう?」
柊真は、それを聞いてピタリと止まった。危機的状況とはいえ、別に死者が出るわけではないだろうから、まずは目の前の彼女とイチャイチャしておこう、そういうあま〜い考えだ。同じ教室内に恋愛的に不憫な人がいるのは事実だが、この一瞬は許してほしい。
「食べる?」
「うん」
美宙は卵焼きを箸でつまみ、柊真の口元に持っていく。柊真はそれを見てあーんと大きく口を開ける。
「――俺が作った卵焼きの味がする」
そりゃそうである。とはいえ恋愛補正で別の味がしそうなものだが、柊真は全く間接キスなど意識しておらず、ただ単純に口に入れた物の感想を述べた。
「あっはは、これで食べてその感想が出るのかぁ」
そう言って美宙は肉料理をつまんでからぱくりと口に運んだ。柊真はその様子を見て初めて自分がやった事がどのような事か理解し、目を大きく見開いた。
「え?気づいてなかった?間接キス。ていうかもっと色んなことやってるのにこんなので顔赤くしてちゃ後々大変なことになるぞぉ?」
美宙が柊真の頬で人差し指をぽんと弾ませ、忠告をする時のようなポーズをした。
「わ、分かってるよ」
柊真は口をとがらせ強がり、梅干しをぱくりと口に運ぶ。
「酸っぱ!」
彼女を前にして食べる梅干しは、なんだかいつもの何倍も酸っぱい気がした。
その二人の側に誰かがやってきた。
「……あのよぉ、甘酢っぺぇ恋愛してるとこ申し訳ねぇけどよぉ?先輩待たせんのは良くねぇんじゃねぇか?」
……そこには首の左側を押さえた勇気が立っていた。
「「す、すいません!すぐ食べます!」」
勇気は若干怒っており、凄まじい形相で二人を睨んでいた。柊真と美宙はその威圧感に突き動かされるように箸を進める。
「「ごちそうさまでした!!」」
二人は急いで弁当を片付け、勇気の前に気をつけをするかの如く立った。
「おし。じゃあ、場所移すか」
三人は人気のない空き教室へ向かう。
◇ ◇ ◇
「とりあえずここは安全だ。まあ、安全もなにも普通に過ごしててもそんなに危険はないだろうけどな」
三人はそれぞれ椅子に座り、情報を話し合う。
「えっと、さっき試してみて気づいたんですけど、話題を血に絡めると会話ができるっぽいです」
「あ?例えばどんな風にだ?」
「後で血をあげるからこれを教えて!見たい感じですかね」
勇気はそれを聞いてウンウンと頷く。
「で、他には?」
「ぐみから聞いたんですけど、理事長に聞けばなにか手がかりが掴めるかもしれないらしいです」
「うん、知ってる。だから今日の放課後理事長に聞く機会を設けた」
「えっ!?なんで知ってるんですか!?」
「なんでもなにも、オレはあの人に吸血鬼のことを色々と教わったからな。別にあの人は吸血鬼じゃないんだけどな。まあ伝える手間が省けて良かったわ」
勇気が色々な事実を話す。柊真と美宙は理事長の存在がますます不思議なものに思えてくる。
「んで、他にはなんかねぇか?」
「いえ、特には……」
「おし、わかった。あ、誰かに血ぃ吸われたか?こいつ以外に」
勇気は美宙を指さしながら聞いた。
「あ、はい。ぐみから吸われました」
「じゃあ分かるかもしれねぇんだが、なんか首痛くね?いつもにない感じ」
「やっぱりですか!?俺もなんか痛いなぁって思ってたんですよ!」
柊真と勇気は共感する。やはり首が痛くなるというのは共通らしい。
「ね、ねぇ二人とも、まだ痛い?」
「ん?あー、うん。まだ痛い」
美宙の質問に二人は頷く。
「じゃ、じゃあ痛みを取ってあげようか」
「マジ?ありがとう!」
美宙は左目を赤くしてから二人の首に順番に噛みつく。血を吸うことはしなかった。
「あ〜……なんか凄い清涼感……」
柊真は先程の痛みはなんだったのかと思わせるほどに感じる気持ちよさに浸る。勇気は首をぐるぐると回し、痛みがないことを確認した。
「うす。ありがとな、長良咲良」
三人はコンディションを整え、理事長と対峙する放課後を待つのだった。
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