第二十七話 血のことだけを考えて
「勝手に決めやがって……まぁ、まずはこいつを何とかしないとな……」
勇気は、予定も確認せずに教室に帰ってしまった柊真に溜め息をついた。しかし、そんなことより友達を何とかしなくてはいけない。
周りのクラスメイトにバレないように教室の隅っこの方で首を傾け、あうらに血を吸わせる。
「どうだ?美味いか?」
勇気が聞くが、あうらは答えない。ただただ血を吸っている。
「もうよくね?ホームルーム始まんぞ?」
あうらは反応しない。勇気はその不気味さから開放されるためにあうらの肩を左手で掴み、引き剥がそうとする。しかし、あうらも勇気の肩を掴んでいるため簡単には離れない。痺れを切らした勇気は、あうらの髪と左手を掴んで離す。
「……」
あうらは痛いとも言わない。勇気は友達の無反応っぷりに戦慄する。
「と、とりあえずホームルーム始まるから座るぞ!」
勇気は急いで席に着いた。あうらもその様子を見ながら椅子に座った。
◇ ◇ ◇
授業中もあうらは勇気を見つめていた。現代文の授業で文章を読んでいても、化学の実験をしていても、美術の授業で彫刻刀を扱っていても、勇気の首をまじまじと見つめていた。
そして、授業と授業の合間の休憩の間は、まるで勇気のストーカーかのようにトイレにも職員室にも着いてくる。しかも、ずっと無言。常に口を半開きにしたとぼけた顔で勇気のことを見ている。
あうらに勇気以外の話し相手がいない訳では無い。なのに友人の一人である勇気にピッタリとくっついているのだ。
「あうら!お前どうしちまったんだよ!目ェ覚ませよ!」
勇気は友人の奇行を止めようと両肩を掴んで揺らしてみるが、あうらは肩を掴んだ手を噛もうとする。
勇気は言葉が出なかった。目の前の女は血を吸うことしか考えていない。感情というものが無いのではないかとすら思わせる程に。
「ゆーきちゃん!」
勇気がそう思っていると、突然あうらが話しかけてきた。
「な、なんだ?」
「血、ちょうだい?」
勇気は絶望に近い感情を覚える。この吸血鬼はもうダメなのかもしれない。その様子に体が震える。
「……あ、後でな」
「うん」
あうらは勇気の言葉を素直に受け入れる。まだコミュニケーション能力は少しばかり残っているようだ。
勇気は対策を考えながら、四限の授業を迎えるのだった。
三時間前、柊真は勇気と別れた後、急いで教室に戻った。置いていかれた咲良は教室の外から教室の中を覗いていた。
「ちょ、ちょっと何をやっていたんだい柊真くん!」
「ごめん!――ていうか美宙に変わってる!」
「うん、この状況を打破するならボクかな、って思ってね」
美宙は朝と同じように何ら変わりなく会話できている。咲良には影響がないようだ。
「美宙、原因はなんだと思う?」
「うーん……わからないな。情報が無さすぎるからね」
美宙は首を振りながら答えた。美宙にも分からないとなるとどうしようもない。ぐみに聞くことが出来ればなにか変わるのかもしれないが……
「と、とりあえず中に入ろうか」
「待って!」
柊真が教室に入ろうとするのを美宙が止める。
「ボクを盾にして入ってくれないか?今日のキミ、すごく狙われているんだ。電車の中に乗り合わせていたこの学校の吸血鬼たちがキミの首筋を見つめていたからね」
柊真は周りに気を配っていたからあんなに素っ気なかったのかと納得する。柊真は言われた通りに美宙を盾にして入っていく。
「周りから見たら、オレは女の子に守ってもらうヘタレだな」
「――そう思うなら、ボクたちに守ってもらう分だけ、ボクたちを守ってね」
美宙はそう言って蘭世と子吉の目の前に向かう。
「二人ともおはよー!」
「……」
美宙はいつも通り元気に挨拶をするが、二人からの返事はない。やはり後ろの柊真だけを見つめている。
「「血をくれない?」」
吸血鬼コンビから非常に端的な六文字が放たれる。柊真は口調まで変わった二人に衝撃を受ける。
「ごめん、イヤだわ」
柊真は恐怖を感じ、それをキッパリと断る。蘭世と子吉はそれを聞いた瞬間目が鋭くなり、表情が一変する。
「は?なんでっすか?いつも飲ませてくれるじゃないすか」
「そーよ。ウチらに血を分けるのが黄金の血の役目でしょ?」
蘭世と子吉は恐ろしい眼差しで柊真を睨む。ただならぬ雰囲気を感じ取った美宙は急いで話題を変える。
「ね、ねぇ、そんなことより昨日出た課題終わらせた?ボク、まだ終わってないんだー」
美宙は強引に話題を変えるために嘘をつく。本当は課題なんて帰ってすぐに終わらせたのだが、「課題」という全国の高校生共通の突っかかりやすい話題を使うため、嘘をついたのだ。
「……」
二人の反応は無い。美宙は聞こえていなかったのかもしれないと思いまた別の話題で話しかける。
「ね、ねぇ!昨日のドラマみた?話題のやつ!面白かった〜!」
今度は声を大きくして話す。しかし、二人は険しい表情で柊真を見つめたまま黙っている。
今度はその様子を見た柊真が口を開く。
「……血は後であげるから今は我慢ね」
柊真は自分も話題変えの手伝いをしようと思い、先程の「あげない」から「あとであげる」に妥協する。すると、二人は「うん」と言って机の方へ戻っていった。
「ごめん柊真くん……役に立てなくて……」
「……いや、役に立てないのはオレだ。素直に血を吸わせればあの二人は治るのかもしれない。けど、オレはそれを拒絶した。怖いんだ……色々と……」
柊真は自らの能力の存在意義を自らに問う。
しかし、何も返ってこない。そもそも二週間前に急に判明した能力の存在意義なんて考えられるわけが無い。柊真は左手を固く握った。
「ねぇ、柊真くん、あの二人さ、血の話題にだけ反応したよね?」
「え?あ、うん。そうだね……」
「じゃあさ、血に絡めた話題なら反応してくれるんじゃないかな?」
美宙は顎に親指と人差し指を当てながら考える。
「今じゃなくてもいいけど、後で試してみる価値はあるんじゃないかな?」
「そ、そうだね」
少々強引な主張ではあるが、この作戦に柊真は同意し、二人はは次の休み時間に試してみることを決めた。
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