黄金の血と吸血鬼

第二十六話 いつもの朝……だよね?

 楽しい朝がやってきた。今まで辛いだけだった月曜の朝も、咲良と過ごせば辛くない。

 そうして、六月十二日の朝はなんとはなく始まった。


「咲良、行こうか」


「うん!」


 今にも雨が降り出しそうな灰色がかった曇り空のもと、咲良と柊真は家を出た。咲良の瞳よりも濃い青をしたアジサイがきらびやかに咲いている。


「あれ、折りたたみ傘持ってきてたってけ?」


 柊真がそう言ってバッグの中身を確認しようとする。


「もう、さっき確認したでしょ!」


 それを咲良が止める。柊真は(やっぱり俺って抜けてんな)と反省する。


◇ ◇ ◇


 駅にやってきたいつもの電車に乗り込み、その快いスピードを感じながら学校へと向かっていく。

 今日は月曜日だからか、乗車しているうちの何人かはため息をつきながらソワソワしている。きっと、憂鬱な気持ちになっているのだろう。柊真は、その人たちの近くに二人分空いた席があるのを見つけ、咲良に着席を誘う。


「咲良、座る?」


「いや、今日はいいや」


 咲良はなぜか素っ気なく答えた。それに、いつも空席があれば座りに行く咲良が、座らないという選択肢をとった。これに柊真は驚いた。


「じゃあ、立ってよっか」


「うん」


 やっぱり咲良が素っ気ない。柊真は、自分が人格を咲良と間違えているのか、と思い、咲良の瞳の色をよーく観察する。

 右目、青。左目、青。どちらも青だ…!


「あのさ、咲良。急に聞いて悪いんだけど、咲良の目の色ってさ、人格によって変わるじゃん?それって人格と完全に結びついてるの?たとえば、咲良の人格だったら両目を赤色にするのはできない、とかさ」


「え?あ、えっと……できるよ」


 柊真の質問に、咲良はまわりをキョロキョロ見ながら答える。


「え!?ほんと!?」


 柊真は驚きながらも、先程とは違い素っ気なくない咲良に安心した。


「やろうと思えば、の話だけど…ね。瞳の色の変更は魔力をちょびっとだけ使ってて、周りのみんなに人格をわかりやすく伝えるためにやってるの。ちっちゃい頃から練習してるから、もう癖になってるんだよね」


 咲良はニへへと笑いながら右目の色を赤、黄、紫、青の順で変えて見せた。


「え、じゃあこの前オッドアイだったのは……」


「それも癖かな。みんなから能力を借りる時は両目で別の色にするようにしてるの。ずっとやってるせいで余程意識しない限りすぐにボロが出ちゃうから、目の色変えてなりすましてもあまり意味が無いかも」


 咲良は青色の目をきらりと輝かせ、もう一度周りをキョロッと見た。

 列車は学校最寄りの駅に到着しかけていた。


◇ ◇ ◇


 「おはよーございまーす」と挨拶すると、用務員さんから同じ挨拶が返ってくる。いつもとなんら変わらない朝。特別なこともない。強いて言うなら月曜日でほんの少しだけ憂鬱な気分である、と言うくらいだろうか。


 しかし、学校に着き、教室に入った柊真と咲良は、なにかがおかしい事に気づく。


「しゅーくん、血をちょうだいっすー」


「大井ー、血ぃくれないー?」


「大井柊真ー!血を抜き去ってやるわー!」


 蘭世、子吉の同級生コンビと、なぜか下の学年の教室にいるぐみの三人がトロンとした表情で柊真に血をせびってくる。


 三人とも、今まで血をねだることはあった。血を吸い生きる吸血鬼だし、これは当然だ。

 しかし、こんな恍惚とした表情でせびってきたことなんてない。


 あ、そういえば咲良の体調が悪くなってきた時はこんな表情をしていた気がする。だが、彼女らは柊真と魔力の移動を行っていない。つまり、契約的なことでこんなことになってるわけでは無さそうだ。


「みんなどうしちゃったんだろう……あ!私御手洗いってくるね…!」


 咲良が不安そうな表情を浮かべ、急ぎながら化粧室へ向かう。にもかかわらず、吸血鬼三人は柊真だけを見つめている。やはりおかしい。


「なんだこれ……」


 柊真は対処法が思いつかない。血を吸わせれば何とかなるのかもしれないが、流石に三人から同時に吸われるのは命に関わる気がする。


 じゃあどうするか。吸血鬼に詳しい人に聞けばいいだろう。ということで、トイレに行った咲良を置いて、風紀委員長、風蓮勇気の元へ向かうことにした。


◇ ◇ ◇


「あ?血をせびられる?なんかヤバそうな表情で?」


 突然教室にやってきた柊真から話を聞いた勇気は耳を疑った。自分自身も黄金の血であるが、過去にそんな事はなかった。


「他になんかねぇか?」


「いやぁ……特には……」


「おし、わかった。とりあえず友達の吸血鬼呼んでみるわ。あうらー!」


 勇気が教室に向かって「あうら」という名前を叫ぶと、勇気の友達の吸血鬼らしき人物が現れた。黒髪ロングの女性で、勇気とは正反対って感じ。そして勇気より少しだけ背が高い。勇気も女子高校生としては背が高い方なので、「あうら」はかなり高い部類になる。


「こんにちは〜」


 ゆるい雰囲気の女性だ。目はトロンとしてるし、口は半開き。しかし左の牙に光が当たってキラリと輝いている。


「な、なぁ、あうら、今日なんかおかしくね……?」


 勇気が異変に気づき、あうらに確認を取る。しかし、反応しない。ただただ勇気を見つめている。


「ねぇ、ゆーきちゃん、血、ほしいな」


「は?」


 少しだけ高いところから見下ろすあうらに対し、勇気は反射的に言葉が出る。なぜかというと、あうらはどちらかと言えば吸血鬼であることにコンプレックスを抱いているタイプで、血をせびるなんてことは今までなかったからだ。


「ね!?おかしいでしょ!?」


「ああ……おかしい」


 柊真と勇気は「吸血鬼たちが恍惚とした表情で血をせびる」というおかしな現象を再認識する。それも、普段はそんなことしないような吸血鬼たちがやっているのだから衝撃だ。


「と、とりあえず誰かに相談しないと!」


「誰かって誰だよ」


「えっと……ぐみはダメだから……咲良!咲良はどうですか!?」


「長良咲良?あいつも吸血鬼だろ?もうダメになってんじゃないか?」


「いや、多分そんなことありません!朝は普通の咲良でした!あ、でもチャイム鳴っちゃうんでまた昼休み!」


「あ、おい!」


 柊真は、咲良を置いて行ってしまっていることを思い出し、またミスをしてしまったことを軽く自責する。しかも、今回は吸血鬼たちがおかしな状況に陥っている。そして、彼女も吸血鬼である。わざわざ不安の種をまいてしまったことも相まって、柊真はどんどんと加速するのだった。

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