第二十五話 嘘つきと罪悪感
「あ、チアキちゃんがかわりたがってる!かわるね」
心亜が目をつぶると、彼女の体を支える足以外の筋肉からスーッと力が抜けた。
そして、再度体に力が入り、瞳が赤色に変化する。
「さぁ!買い物するわよ!」
「急に元気だな……何作るの?」
「それは秘密よ!」
チアキは人差し指を口の前に当て、「しーっ」のポーズをして見せた。
それを見た柊真がカートを押しはじめ、その中にチアキが商品を入れる。
チアキの選択はじゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉……といったシンプルな組み合わせで、料理でよく使う食材ランキングTOP10にランクインしてそうな食材たちだ。チアキは迷いなくじゃんじゃん入れていく。
「レシピ、頭に入ってるんだ」
「あったりまえよ!」
チアキは柊真の質問に自信満々に答える。このスタンスは先程から崩れていない。
「あとは……コンソメね!」
「家にコンソメあるよ」
「あぇ、そうなの?」
チアキは驚いた表情をする。家にコンソメがあるのがそんなにおかしなことなのだろうか。
「なら、もういいかな」
チアキは柊真の持つカートをレジの方へ向かせる。
レジに着くと、店員さんがピッピっとバーコードをスキャンする。柊真をそれを待ちながら財布の小銭を漁り、ピッタリ払えるように準備する。
「合計で二千百円です!」
この店は有人のレジでスキャンをし、セルフレジで会計をするタイプなのですぐ横のセルフレジにカゴが移される。そこで柊真はピッタリと支払いをし、レシートをチアキに渡す。
「なにこれ」
「なにって、レシートだけど」
「違うわよ!なんでアタシに渡すの?」
「何円払ったか、みたいなことはチアキたちに任せようかな、と思って」
「そういうことは早めに言いなさいよ!というか勝手に決めないでよ!」
チアキは金銭管理の係を任されたことに憤慨するが、なによりも勝手に決められたことに腹が立っていた。仮にも同棲しているカップルなのだから、生活に関することは二人で決めたい。柊真のこういう所がチアキは気に食わないのだ。
「もうっ!そういうデリケートな問題は二人で相談するの!わかった!?」
「ごめん……」
柊真はチアキに怒られたことにシュンとして、マイバッグに商品を入れ始めた。チアキは柊真の予想以上のヘコみ具合に少し焦り、コホンとひとつ咳払いをしてから聞いた。
「ね、ねぇ、ところでさ、お金ってどこから出てるのよ」
「あ、えっと、親に毎月二十万円貰って、これで全部やれって……今後足りるかは分からないけど」
柊真の両親は世間一般的に見れば裕福である。そのため、離れて住む柊真に二十万円を贈与している。
税金などでもうちょっと安い金額になるが。
「結構甘やかされてるわね」
「まあ、初任給よりもちょっと多い位は貰ってるからね……逆に就職した時が怖いわ……でも、光熱費も交通費もは俺が払わなきゃだからバイトで生活できるかも怪しいし……」
柊真は沢山貰っているようであまり残らないお財布事情を嘆く。これも一軒家に住むことの弊害だ。
「アンタも大変なのね……」
同じ家に住むのにチアキは他人事のように哀れんでいる。柊真はそれにちょっとだけ呆れた。
そうこうしているうちにマイバッグに商品を詰め終わったので、二人は家に向かって歩みを進める。
「あのさ、柊真」
「なに?」
チアキが突然真面目な口調で話し始めた。柊真は何事かとドキリとする。
「アンタはさ、アタシたちを受け止められてる?」
柊真は突拍子もないその質問に心臓がバクバクと動く。
「な、なんでそんなこと……聞くんだ?」
「多分だけどアンタ、アタシたちに対して余計な罪悪感を持ってる。いらないわよ、そういうの」
チアキは前だけを見て歩きながらそういった。柊真はそれに困惑する。
「認めたくないけど、アンタがアタシたちの運命の人だっていうのは事実みたいだから。アンタが告白しようとしまいと、結局アタシもアンタも辛い目にあっちゃうんだと思うわ」
チアキは思ったことをつらつらと吐露する。柊真は街に点る街灯を見ながら強く自分の手を握った。
「だからさ、その辛い目からアタシを守ってよ。その黄金の血でさ」
柊真は首を触りながらチアキの方を見る。黄金色の月光が血のように赤い瞳に反射している。柊真は、この少女を守ることをもう一度誓い、黄金の血とは一体なんなのか、ということを考えるのだった。
「ただいまー、でいいのかしら?」
「……いいんじゃない?これから二人で住むんだし」
異様な雰囲気残る中、二人は家に帰ってきた。チアキは早歩きで洗面所に向かい、急いで手を洗う。料理を早くしたい、というのもそうだが、自分が作った良くない空気を変えたかったのだ。
「じゃあ、作るわよ!」
チアキは先程までの調子を取り戻し、野菜を洗い始める。手際はかなりいい。柊真は、これなら別に心配する必要ないか、と風呂の支度を始める。
それからしばらくして、ご飯の香りが家中に漂い始めた頃。食卓にはサラダが二つ並んでいた。これはおそらく家にある野菜で作ったものだろう。
それから、米が炊けたことを示すピーっという音が響いたので、柊真は二つの茶碗に白飯をよそいでいく。
食卓にとんとんと茶碗をおくと、あたりに煮物のいい匂いが香る。肉にじゃがいもに人参を使った煮物……しかもカレールーを使わない……そう。チアキは肉じゃがを作っているのだ。
「よし!できたわ!」
チアキがいそいそと器に出来上がったものを入れていく。その度に肉じゃが特有の甘い匂いが鼻に入る。柊真はどんどんとお腹が減っていく。
「はい!肉じゃがよ!」
柊真に目の前にドン!と美味しそうな料理が置かれる。
「美味そうだな!あとは味噌汁かな?」
「……あ」
チアキは完全に汁物のことを忘れていた。
「だ、大丈夫!肉じゃがが汁物みたいなものだから!いただきます!」
柊真は、チアキがこれ以上料理を作っていないことを察し、サラダにドレッシングをかけて食べ始める。
「美味い!」
サラダはドレッシングの味がして美味しい。ドレッシングしか調味料を使ってないので当たり前であるが。
次にお米。これもまた美味い。これぞ白米!って感じだ。
最後に肉じゃが。人参をつまんで口に入れる。美味……くない!?甘い!?!?なんだか甘い!!不味い、という程ではないが、かと言って美味いかと言われるとそんなことは全くない。とにかく微妙な味だ。
「お、美味しい!」
柊真はお世辞を言った。チアキは汁物を作れなかったショックからその一言で開放される。
「ほ、ホント!?」
「ほ、ホント……」
柊真はチアキの喜びようを見て、引こうにも引けなくなってしまった。
「じゃ、じゃあ食べるわね!いただきます……甘っ!?」
チアキは美味いという前評判を一口で覆される。甘い。みりんのあの甘さがそのままお湯に溶けている感じだ。醤油やら塩やらは一体どこに行ってしまったのだろうか……
「う、嘘ついたわね!?」
「……ごめん!でも、次からは味見しよ……?な?」
「うるさい!!一回喜んだアタシがバカみたいじゃない!!」
チアキの怒りは夜遅くまで……なんなら朝まで続いた。怒りが続く限り、ほかの人格を出すことなく、チアキが柊真を独り占めするのだった。
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