第二十四話 新たな日常

 六月十一日、日曜日。今日は待ちに待った、咲良の引越し日だ。引越し業者を呼べるほどのお金は無いので、先週も来てもらった問屋の娘、占咲千鶴せんざきちずるさんに来てもらうことになっていた。

 中型トラックはブォンと音を立て、柊真の家の前の道に止まった。


「よっす!とりあえず彼女さんと荷物全部を運んできたけど、これでおっけー?」


「柊真くん、こんにちは」


 トラックの中から千鶴さんと咲良が出てきた。柊真は千鶴さんからの質問に答える。


「多分大丈夫です」


 それを聞いた千鶴さんは荷物を順番に降ろしていく。ワレモノには注意しつつ、十数個あるダンボールを確実に降ろしていく。それから、ある程度の広さがあるリビングに、柊真と咲良が運んでいく。


「これで全部な!じゃ、アタイはもう帰るんで、二人で上に運びなぁ!」


 千鶴さんはそう言って家を去っていった。


「荷造り全部やらせちゃってごめん。手伝った方が良かったよね?」


「だ、大丈夫だよ!引っ越すのは私の方だし!」


 咲良は気をつかって回答する。柊真はそれを察し、張り切って荷物を運ぶ。


「痛てぇっ!」


 ……張り切りすぎて小指をぶつけたりしたが。


◇ ◇ ◇


 午後二時。朝から始まった荷物運びもようやく終わり、二人に休息の時間が訪れた。

 二人がソファで体を休めていると、咲良のお腹が「ぐぅぅ」と唸る。


「お腹すいたよね」


「う、うん……」


 咲良は少し顔を赤らめながら答えた。柊真は立ち上がり、台所に向かう。さて、何を作ろうか。


 台所には常備しているパスタがある。とりあえずこれを主軸に料理を作ろう。


 鍋に水と塩を入れ、しっかりと沸騰させる。


 お湯が沸騰したら、パスタを鍋全体にぱらりと広げ、ほぐしながら七分茹でる。それと同時並行でフライパンを温め、それにバターとオリーブオイルを投入し、ベーコンを炒めていく。

 フライパンの方の火を止め、茹で上がったパスタのゆで汁を目分量で二百ミリリットルぐらいボウルに移し、残りは捨てる。

 そしてパスタを火を止めたフライパンの中にいれてから、ゆで汁とバターひと切れ、顆粒コンソメ大さじ1、ニンニクチューブ1センチくらいをミキサーにかける。

 そうしてできたクリームソースをフライパンの中に入れ、しっかりと絡める。


 そうしてできたクリームパスタをパスタ用トングでお揃いの二枚のお皿に綺麗に盛り付け、咲良の元に持っていく。


「わあ、すごい美味しそう!私、パスタソースはいつも買っちゃうから、一からソース作るのとか憧れちゃうなぁ……」


 咲良はテーブルに置かれた柊真のパスタを見ながら目を輝かせる。そんな咲良を見た柊真は、料理を一から作ることの醍醐味を噛み締めながら喜んだ。


「お料理、教えて欲しいなぁ」


「いやいや、咲良も上手いんだから、俺が教えることなんて何もないよ」


 咲良がボソッと言った言葉に柊真は反応し、お返しとばかりにしっかり褒める。


「えぇ!?私上手くない……よ……いや、アタシは上手いわよ!」


 驚いた咲良の瞳の色が一瞬で赤色になる。料理の話に興味があるのか、出てきたくなってしまったようだ。


「あ、ほんと?じゃあ、今日の夕飯チアキが作ってみてよ」


「いいわよ!」


 チアキは仁王立ちでドヤ顔をしながら言った。この様子だと、どうやら相当な自信があるようだ。美宙の料理はかなり美味しかったし、不安になる要素は薄い。チアキの牙がキラリと輝いた。



◇ ◇ ◇



 午後六時。柊真は朝に干しておいた洗濯物を取り込み、手際よく畳んでいた。今は男物の服や下着しかないが、これから同棲する以上咲良の服も増えていくだろう。


「あれ、咲良ー、下着って俺が畳んで良い?それとも咲良が畳む?」


「えぇ?そんなことを気にしてるのぉ?気にしなくていいわよ。どうせ何回も触るんだから」


 紫色の瞳がきらめく。同棲初日だと言うのにもうソファに寝転びながらくつろいでいる。まるで「今までずっとここで過ごしてきましたー」と言わんばかりに。


「おっけー」


 柊真は何を思ったか、咲良がどんな下着を着ているか想像する。この前見た時は割とシンプルめなデザインだったなぁと思い出す。ハッキリとは覚えてないが、白色だったような……ダメだ、こんなことを考えては。思春期とはいえ、ずっとこの調子だといろんな問題が起こりそうだ。というか自分の理性がもたない。


「柊真くーん?手、止まってるけどどうしたの?」


「え?いや、なんでもない」


「あ、下着のこと考えてた?」


「そんなわけないだろっ」


 柊真は食い気味に否定したが、耳と頬は真っ赤に染め上がっている。心亜はそれを見てニヤッと笑った。


「ふーん?ほんと?なら、美宙ちゃんの力を使って頭の中を覗いちゃってもいいよね?」


「えっ!?あ、ああいいぞ!」


「ふふっ、冗談よ。わたしと色々やっててもまだまだ子供ね。わたしも人のこと言えないかもだけど」


 柊真はいいように遊ばれたと思い、心のどこかに悔しい気持ちを覚える。


「ねぇ、お買い物行かない?料理の具材とか買いに行こうよ。チアキちゃんが作るから、わたしが作る訳じゃないけど」


 柊真はちょうど服をたたみ終わったところだったので、「服をしまってからでいいなら」と一声。

 心亜は「もちろん」、と頷いた。


◇ ◇ ◇


 五分後、柊真と心亜はエコバッグを手にしながら家を飛び出し、駅前のスーパーへ向かう。コンビニであれば徒歩五分程度の近場なのだが、スーパーとなると十五分かかる駅前まで行かなくてはならない。しかし、移動時間も恋人といれば楽しいものだ。


「今日の夕飯は何にするつもり?」


「まだ決めてないみたいよ?さっきからずっと迷ってる」


 柊真が心亜に聞くと、彼女は微笑ましく思ったのかニコニコ笑う。


「チアキが全然出てこないのは迷ってたから?あんな自信満々だったのに」


「ま、乙女には色々あるのよ」


 二人が会話をしながら十五分ほど歩くと、駅前の大きなスーパーに到着した。この辺りのスーパーがここしかないというのもあり、基本的に食品や日用品はなんでも揃う。それに、なぜか小さなゲームセンターまで付いていて、廉価な服ブランドの系列店まで入っている。しかも飲食店まで入っているのだから、もはや映画館を無くして三分の一くらいに縮めたショッピングセンターだ。


 柊真はカートにカゴを載せ、店内を回り始める。チアキはまだ決めかねているようなので、まずは日用品コーナーから回ることにした。


「あれ、歯ブラシとかって新しくした方がいいかな?」


「ええ?うーん……どうせなら新しくしようかな」


 柊真は心亜に確認をとり、桃色の歯ブラシをカゴの中に入れる。

 そういえば、咲良の人格四人の中には桃色の子は居ないな。


「シャンプーとかどうしようか」


「前の家の時から使ってるやつがあるんだけど、それがまだ結構残ってるんだよね」


「じゃあ詰め替えだけ買っていこうか。というかそれ運ぶ時に漏れないの……?」


 新生活特有の日用品選びを季節外れの六月に行う。心亜と柊真が楽しむ中、チアキは(よし!アレにしよう!)と決めたのだった。

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