第二十三話 過去
「子吉さん!なんであなたはいつもいつもお皿を割るんですか!?」
六年前の九月。小学四年生でツインテールの少女、子吉雛は給食用の皿を割ったことを担任の教師に叱られていた。
「だって、皿が落ちるんですもん」
「理由になってないわよ!」
子吉は特に反省した素振りを見せることなく、割れた皿をチラッと見てから天井の模様を見つめた。
「もうっ!反省してるの!?」
「してまーす。ていうかもう遊びに行っていいっすか?行きますね、じゃ!」
子吉は昼休みの貴重な時間を無駄に使いたくないと思い、グラウンドに向けて走り出す。走り、走り、昇降口で靴を履き替え、友達の元へ急ぐ。
前も見ずに走っていると、前にいた男の子にドンッとぶつかってしまった。
「いたた……」
子吉はぶつけてしまった鼻をすりすりとさすり、目の前を見る。そこには高身長の男子が立っていた。
「あ、ごめん、邪魔だった?」
「邪魔だよ!あたしの邪魔しないで!ていうかアンタだれ!?四年生の昇降口にいるのに見たことない!」
「あ、オレは隣町の学校に通ってるオオイシュウマ。今日は部活の用事があって来たんだ」
「部活って……まだ昼休みの時間じゃない!」
「うちの学校は今日、早く終わったんだよ」
なんだか怪しい。とっても怪しい。でも背が高くてかっこいい。子吉は目の前に立つ少年に、心のどこかで惹かれていた。
「アンタ!なんだか怪しいから遊びなさい!」
「えっ?いいけど……怪しい?」
子吉は怪しいから、という理由を付けたが、目の前の少年に興味をそそられ、友達の誰よりも遊びたくなってしまったのだ。
「あたしが隠れるからアンタ見つけなさい!」
「――かくれんぼ?いいよ」
柊真は幼さの目立つ少女のわがままに付き合う。子吉は昇降口を飛び出し、茂みの方へ逃げていった。柊真は目を隠したりしていないが、大丈夫だろうか?
「もういいかい!」
カウントすることもなくタイミングを見計らって問いかける。返答はない。グラウンドはものすごく広いので、大きな声を出そうともそもそも聞こえないのだ。
「まあ、行くか」
柊真は子吉が走っていった茂みに向かって早歩きをする。軽く歩みをすすめると、木にちょこんと背中をくっつけ、うずくまっている子吉をなんの苦労もなく見つけた。
「みっけ」
「え!?早くない!?」
子吉は目を見開いた。柊真はその様子に呆れながら、「もういい?」と質問する。
「良くない!今度はアンタが隠れなさい……」
子吉がそう言った瞬間、チャイムがキンコンカンコンと鳴った。
「チャイム鳴っちゃったし……終わりにしよ」
「っ……仕方ないわね!また来なさいよ!絶対ね!」
子吉はそう言いながら、グラウンドへ出ていく時と変わらないスピードで教室に帰って行った。
柊真はこの日以降、一回も子吉がいる小学校に行くことはなかった。子吉は柊真に出会ってから半年ほど柊真を待ち続けたが、晴れの日も雨の日も風の日も、柊真が学校に来ることはなく、いつの間にか、子吉も柊真のことを忘れ去っていた。
子吉は、あの時名前を伝え忘れていたことを後悔した。
そして、時は経ち高校生となった春。教室の名簿には、「大井柊真」の四文字が輝いていた。子吉は、この名前を持つ男が本当にあの時出会った「オオイシュウマ」であるという確信は持てなかった。しかし、自己紹介の時に見た背が高いその少年は、正しくその時出会った大井柊真その人だった。
子吉はすぐにアタックした。しかし、そのやり方は告白ではない。趣味の話などをすることで友達から始めようとしたのだ。
だが、上手くいかない。柊真は女性との付き合いが苦手なのか、何度話しかけても素っ気ない反応をするばかり。中学時代にギャルっぽくなり、付き合っては別れを繰り返してきた子吉は、はじめて本気で付き合ってみたいと思い始めた。
しかも、吸血鬼についての詳細な情報がまとめられた風紀委員のデータベースを使って素性を調べてみると、どうやら彼は「黄金の血」を持っている、ということが分かった。これは、吸血鬼の彼氏としてはこの上ないステータス。その事実も相まり、子吉による柊真への軽〜いアタックは続くのだった。
だが、ひと月半が過ぎた五月の終盤。子吉にとっては衝撃の出来事が起こった。
吸血鬼仲間の咲良が柊真に告白され、勢いのままに付き合ってしまったのだ。自分も煽ったとはいえ、正直あそこで付き合うだなんて想像もしていなかった。
しかし、不思議と嫉妬心が湧いてこない。先を越されたと言うよりも、なんだか祝福の方が先行している。どういうことだろうか。別に嫌じゃない。むしろ、嬉しい……?
その瞬間、子吉は、自分が抱いていた感情が、実は恋愛感情ではなかったことに気づいた。自分が柊真に抱いていた感情……それは、「父性」。この人に甘えたい。この人の子供になりたい。子吉の、ちょっとおかしな感性が爆発した瞬間だった。
それに気づいた瞬間、柊真の彼女である咲良に対しても、なんだか母性を感じ始める。友達なのに……甘えたい……そんな罪な感情が溢れ出す。どうすればあの二人の娘になれるだろうか……その事を考える日々。正直言って頭がおかしい。だが、なりたいものはなりたい。しかも、二人ともすぐそばにいる。ならば、動くしかない。動かなければ何も始まらない。子吉は、吸血鬼特有の「契約」という行為に目をつけ、少しだけ足を動かし始めたのだった。
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