第二十二話 愛弊中
「ういっすー、おはよー!病気だいじょぶ?」
「雛ちゃんおはよー!うん、大丈夫!」
教室に入ると、まず子吉と咲良と蘭世の仲良し吸血鬼三人組が軽いあいさつをした。
それを見ていた柊真は荷物を置くなり、矢作に話しかけられる。
「なぁ、聞いてくれよォ」
矢作は涙こそ流していないものの、ものすごく悲しそうな顔をしていた。
「え、どうした?なんかあったのか?」
「彼女に浮気されてた……」
「はぁ!?マジかよ!?」
柊真は矢作と彼女さんって仲良かったよな…と思いながら何があったのかと軽く憶測を建ててみる。彼女側の気持ちが冷めてしまったのだろうか……
「えっと……どうしてだ?」
「分からん……」
矢作は運動部に所属している。柊真はどちらかと言えば浮気する側なんじゃないかと思ったが、友人が悲しそうな顔をしているのはなんとなく自分も悲しくなってしまう。
「なぁ、気の毒だけどさ、矢作は運動部だし、すぐに新しい彼女できるっしょ!」
「俺はあいつが好きだったんだよぉ……!なのに突然別れを告げられるんだぜ?辛すぎやしないか!?」
柊真は地雷を踏んだことを自覚し、多少の罪悪感に苛まれる。柊真は人の気持ちを考えられていなかったな、と思い、もしも咲良が浮気をしたら……と考えてみるが、パートナーの浮気、という行為があまりに辛いものであると認識し、やすやすと触れていいものでないと納得する。というかついさっき体験したな、と思い返す。
「……元気出せよ。俺が言ってもどうしようもないかもだけど……」
矢作は大きく頷き、自分の席へと戻って行った。朝のホームルームの開始を告げるチャイムが学校中に響いた。
◇ ◇ ◇
「ごちそうさまでした」
今日は久しぶりに落ち着いて昼食を取れたな、と柊真は思う。十中八九矢作の元気がないからであるが……
「おーい大井ー。ちょい来てくんね?」
食べ終わりのタイミングを見計らっていたかのように、子吉が話しかけてきた。
「なに?なんの用?」
「いやぁ、別に」
子吉はなんだか素っ気なく言う。柊真はそんな子吉に違和感を覚えつつも、まあ行ってやるかと立ち上がる。
「来てくれんの?さんきゅ、とりまついてきてー」
柊真は言われるがままについて行く。そうして着いた場所は空き教室。それも、咲良に吸血鬼であることを明かされた場所だ。
「な、なんでここ…?」
「うーん……ま、外で説明すんのはイヤだから中入ってよ」
ガラっと扉を開き、押し込まれるように中に入れられる。中には何も無く、電気は消えており、カーテンも締め切られていた。
「こ、怖いんだけど……」
柊真は今からなにをされるかわからない恐怖で少し後ずさりする。
「ま、悪いようにはしないからさっ、ちょいと待っててね」
「え、うん……」
そう言って子吉は教室を出ていってしまった。柊真は椅子も何も無い教室に取り残される。真っ暗なので電気をつけようとスイッチを操作するが、どのボタンを押しても電気が付くことはない。どうやらこの教室には電源が通っていないみたいだ。
次の瞬間、扉がまた開き、子吉が入ってくる。彼女の右手にはよく分からない機械のようなものが付いていた。
「じゃ、本題ね。結論から言うと、大井には血を提供して欲しいんだわ」
「え、どうして?」
「簡単に言えばウチの計画に協力して欲しいからだねぇー」
子吉は手に着けた機械を動かしながら言った。怪しさ満点だ。
「計画って……怪しいな」
「怪しいものじゃないって〜。ちょっとウチの吸血鬼としての能力を高めるだけだからさ」
「能力……ってどんなのだ?」
「気になる?」
「そりゃな」
子吉はニヤリと笑い、機械の付いていない方の手に力をギュッと入れる。すると、一瞬手の中がピカリと光り、手の中から水が溢れ出した!
「す、凄いな!汗ってそんなに出せるもんなのか……!」
「はぁ……はぁ……汗ちゃうわぁ!!これは純水!ウチは魔力で水を生み出せるの!」
「あぁ、咲良が使ってたヤツか!」
柊真は昨日の心亜の魔法を思い出す。子吉は息をゼェゼェと切らしながら答える。
「咲良が使えるのかは分からないけど、ウチはこの魔術が苦手なんよ!だから大井の血を使って魔力を上げたい!だから血を提供して!」
子吉は未だに息を切らしている。
「と、というかその機械はなに?」
「こ、これ?これは魔力補強機。これがなけりゃウチは魔力が足りなくて一部の魔術が使えなくなっちゃうんよ。なのに手につけるタイプしかないからチョー不便!」
子吉は右手をブンブンと振り回しながら答えた。その動きも大して速くはなく、すごく重そうだ。
「んで?血ってどう提供すればいいの?」
「普通に吸えば提供かんりょー。ウチは魔力増強を意識してなきゃいけないけど、大井はただ吸われていればおっけー」
柊真は今日はなんか吸われてばっかだな、と思いながら、腰を落とし、首元を差し出す。
「飲み込み早くて助かるわー!黄金の血、いただきまーす!」
かぷりと噛みつかれ、血をチューチューと吸われる。このペースで吸わせていたらいつか失血死してしまう気がするが、大丈夫だろうか……
「ぷはっ……うぐっ……」
血を吸い終わった子吉が急に苦しみ出す。柊真は胸を押さえる子吉を支える。
「おい、大丈夫か!?」
「ま、まあこれは魔力上げの副作用だから……」
咲良と言い、子吉と言い、自分の血を吸わせた直後に体調を崩しているという事実に、柊真は言いようのない罪悪感のようなものを覚えた。
「ねぇ、大井、どうすれば自己嫌悪しなくて済むと思う?」
子吉は胸をギュッと押さえながら、柊真に尋ねた。柊真は心を読まれたのか、と思いあたふたする。しかし、相談されている以上は答えを導き出さなきゃいけない、と思い、少し考えてから答える。
「そうだな……まあ、そういう自分も受け入れて、前に進む、とかかな」
柊真は子吉の肩を支えながら答えた。子吉は苦しみながらも、へへっと笑いながら言った。
「……そういう綺麗事、あんま好きじゃないな。やっぱり受け入れたくない自分だっているよ。勉強が出来ない自分、魔術が出来ない自分……色んなことで色んな人に負けてさ……ウチ、なんだか人に愛されてない気がするんだ」
「……どうだろうね。ほんとに愛されてないと思う?」
「表向きは愛してるように見せてるだけかもだけど、咲良と蘭世には……愛されてるかも」
「ひねくれてんなぁ……多分あいつらは本心からお前の事を愛してるぞ?」
柊真は半分ハッタリでそう言った。励ましでしかないし、これも綺麗事かもしれないけど、柊真はこれが最善の選択だと思ったのだ。
「大井はどうなの?ウチのこと、愛してる?」
「彼女がいるから、恋愛対象じゃないけど……俺は一応愛しているよ」
柊真はそう答えながら、人を愛すということの難しさ、面倒くささをなんとなく感じていた。だが、子吉を愛しているというのは、別に嘘でもなんでもない。
――と言えど、柊真がなぜ子吉に愛のような感情を覚えているかは全く理解できていなかった。不思議と、彼女との間に繋がりを覚えているが、それが何由来なのかはわからない。
そんな柊真に対し、子吉は柊真との明確な関係性を覚えていた。それは、小学生の頃にまで遡る。
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