第二十一話 恋敵系吸血鬼
柊真と咲良が契約を結んでから初めて迎える朝。この日は梅雨らしく雨がぽたぽたと降り落ちており、電車の車輪は空回りし、ぐわんぐわんと音を立てながら進んでいた。
「今日は随分と空いてるな……?」
「いつもは空席なんて無いのにね」
二人の言う通り、今日の車内は異常なまでに空いており、ラッシュ時とは思えないほど空席が目立っていた。
二人は空いている車両の末端部にある席の端から咲良、柊真の順で座り、咲良は読書、柊真は縦持ちで遊べるゲームを始めた。
「あ!咲良!と大井さん!なんすか?一週間で冷めきっちゃったんすか?もっとイチャつけばいいのに」
電車が次の駅に着くと同時に、電車内に高瀬が乗ってきて、ニヤニヤと笑いながら二人を茶化した。
「冷めるどころかよく分からない進展までしちゃったよ……というか電車内ではイチャつけないわ」
柊真は高瀬の茶化しを冷静にかわす。すると、高瀬は柊真の隣にポンっと座り、柊真のスマホの画面を覗く。
「ちょっ、何覗いてんだ。えっち」
「なんすかこのゲーム?ジブンあんまこーゆうゲームしないんでわかんないんすよね」
「ん?これか?よくあるパズルゲームだよ」
高瀬は柊真のしょうもない発言をスルーしながら彼との距離を詰め、スマホの画面に手をふれながらパズルゲームを操作する。
「二人とも〜!距離が近すぎるよ〜!」
横で見ていた咲良は少し顔を赤くしながら注意する。
「なんすか咲良〜。嫉妬っすか?」
「うぅ、違う……いや、そう!嫉妬!」
咲良は一度は否定したが、ここで否定するのは逃げだと判断したのか、すぐに肯定の方向へ訂正する。
「そう言われると……極限まで嫉妬させてやりたくなるっすねー!」
「私と柊真くんには契約があるもん!」
咲良と高瀬は目と目をバチバチに光らせながら口論をする。
「えっ!?もう契約まで行ってたんすか!?あ、そうか、悪魔は契約しないと付き合えないっすもんね」
「えっ!?高瀬って咲良が吸血鬼とか悪魔とかだって知ってたの!?」
「えぇっ!?ジブンが吸血鬼って知らなかったんすか!?」
高瀬と柊真は互いに驚きあう。人が居ないから特に問題になっていないが、満員電車だったら大問題になっているだろう。
「あ、そうだ。咲良ちゃんの契約者さまの血はどんな味がするのかなぁ?カプっ」
「うわぁぁぁ!!急に噛むなぁ!!」
「あっ!ダメだよ!許可なしに吸うの禁止!カプっ」
柊真は両サイドから血を吸われる。柊真はああ、取り合われるってこんな気持ちなんだと、感動すら覚える。
「ああ、俺のために争わないでぇー」
「ぷはっ!さっきからマジでキモイっすよ大井さん。でも血は美味いっすよ!黄金の血ってやつっすか?」
高瀬は血を吸い終え、柊真に軽いツッコミをいれる。しかし、青と赤のオッドアイをした咲良はまだ血を吸っている。
「ていうか咲良、オッドアイになってるね」
「ぷはっ、え?オッドアイ?……あ、そっか。私、今チアキちゃんの力借りてたから、オッドアイになってるんだよね」
どうやら咲良たちは互いの人格から少しだけ力を借りることができるようで、借りた時はオッドアイになるようだ。
「あ!やばいっすよ!次の駅っすよ!降りる駅!」
「え、まじか!?ていうか結局イチャついちまったじゃねぇか!」
慌てて電車を降りた三人は雨が降る改札の外の様子をチラリと眺めた。
「あ、そういうばジブン、傘忘れたっす」
「え!?電車の中か!?」
「いや、家っす」
「なっ!?出る時降ってなかったか!?」
「いや、ジブン今日は駅まで車で来たんすよ」
「お嬢様すぎるだろ!」
咲良と柊真は傘を持っている。駅から学校までは約十五分、今日は大粒の雨が降り注いでいる……高瀬の決断は……
「入れてっす♡」
柊真に向かってあざとくウインクなんかをしながらお願いすることだった。
「あ、じゃ俺の傘貸してやるから。咲良、入れてくれない?」
「あー!何考えてるんすか!大井さんに向けて入れてって言ってるんだから、ジブンと相合い傘しましょうよ!」
「嫌だわ!浮気じゃん!」
「こんなん浮気になりませんよ!じゃあジャンケンで組み合わせ決めましょ!」
「ああ、いいぞ!」
咲良の気持ちなどはあまり考慮されず、高瀬と柊真だけで勝負することが決まってしまう。
「いくっすよ!じゃん!」
「けん!」
「「ぽん!」」
柊真チョキ、高瀬と咲良グー。結果は高瀬と咲良の勝利。よって、咲良と高瀬が相合い傘することになった。
「咲良と友情の相合い傘っす!大井さんは今まで通り一人寂しく登校してくださいっすー!じゃ、この傘借りますねー」
高瀬は先程貸した柊真の傘で咲良と相合い傘をし、柊真は咲良から借りた女性物の傘で登校することになった。しばらくの間、柊真に「レディースばっかり使う」という不名誉な噂が流れたのは、また別のお話。
◇ ◇ ◇
通学路を半分ほど進むと、咲良がこちらに顔を向けた。
「ご、ごめんね、柊真くん!」
咲良は謝ってはいるが、なんだかんだ高瀬と相合い傘をするのが楽しそう。なんだか奪われたみたいで嫌だ。
「あ、そうっすね、大井さん、ジブンのことなんて呼んでます?」
「え?高瀬かな」
「蘭世って呼んで欲しいっす〜。ジブンも大井さんのことしゅーくんって呼ぶんでっ」
「えっ、あだ名?」
咲良は友人に先を行かれた気がして体に激震が走る。
「わっ、私は柊真くんのこと、ずっと柊真くんって呼ぶからね!」
咲良は蘭世に対抗するかのように本名呼びをアピールする。
「行くっすよ!しゅーくん!」
「ちょっと蘭世ちゃん!私の彼氏だからね!」
柊真はからかわれているだけだろうな、と思いつつも、こんな経験ができるなら昨日苦しんだ甲斐があったな、と晴れやかな気分になった。あじさいの花が、雨粒をピンッと弾いた。
◇ ◇ ◇
校門に着くと、風紀委員が服装チェックを行っていた。この学校の校則は割と緩めながらも、やはり服の乱れは褒められたものでは無い。そのため、月に一回、抜き打ちで服装チェックが行われるのだ。
「おし、行ってよし。あ、そこ!シャツ出しはご法度だからな!」
当然、風紀委員長の勇気もチェックをやっている。一応校門近くの屋根のあるところでやっているとはいえ、雨の中でこの作業は大変そうだ。
「風蓮さん、おはようございます」
「お、長良か。それに……高瀬と……大井柊真。おはよう」
勇気は咲良と高瀬のことを知っているようだった。
「どうだ長良。大井柊真はきちんと彼氏やってるか?」
「ええ、もちろん!柊真くん、とっても優しいですよ!」
「いやいや、さっきジブンに血を吸わせてたっすよ」
「んぁ?んだと?舐め腐ってんなぁ大井柊真ぁ?」
柊真は蘭世に語弊のある言い方をされ、勇気の鋭い目付きで睨まれる。風紀委員長とは思えないヤンキー顔だ……
「ご、誤解ですよ!蘭世が吸ってきたんですよ!」
「ふぅーん。ま、別に血を吸うこと自体は浮気でもなんでもないしな。服装に問題はねぇし、行ってよしだ」
三人は大きな問題になることもなく検問を通り抜け、柊真と咲良はほっとした表情に、蘭世は不満そうな表情になった。
その顔を維持したまま、三人は教室に向かうのだった。
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