第二十話 苦悶
「ま、ということでまずは契約だ!大井柊真!長良咲良!死にたくなければな!!」
ぐみが叫びながら、咲良の胸に突然手を突っ込む。
「ち、ちょっと突然何やってんだぐみ!」
「普通の吸血鬼ならここに契約書があるの!」
「えっそうなの!?」
胸に挟まっていた訳ではなく、チアキの胸に出現した異次元空間から契約書がペラリと出てくる。
「さあ、長良咲良!大井柊真の血で指印を押せ!」
そう言ってぐみはチアキの口を手で大きく広げ、柊真の首に近づける。しかし、チアキは叫んだ影響か苦しそうに息切れしており、血を吸うのもままならない状態だ。
「………仕方ない!ぐみが血を吸うからそれで押せ!」
「え、それはいいの?」
「知らん!」
投げやりなぐみは口を開き、柊真の首に牙を突き立てる。柊真はツッコむ暇もなく血を吸われる。
ぐみは吸った血を口の中に含んだまま、チアキの右手人差し指を自分の口の中に突っ込ませ、血を朱肉のように使い契約書の枠の中に指印をポンと押す。
「ゴクッ……ほら、大井柊真!貴様も押せ!」
「あ、はい」
柊真は先程牙を突き立てられた首から垂れる血を人差し指で拭い、契約書のもうひとつの枠に押す。
すると突然、契約書がラミネート加工されたように綺麗になり、床にぱらりと落ちる。
そして、これまた突然柊真の体の中に苦しさと痛みが流れ込む。まるでインフルエンザの時のような、そんな苦しさだ。
「っ……なんだこれ……!」
柊真の顔が一気に赤色に染まる。先程まで痛くなかった首の傷が急に痛み出す。
「ははーん、なるほどな。こんな感じになるのか」
「ぐ……み……!お前……なに見てんだ……!状況を説明してくれ!」
「ごめんごめん!これは契約による副作用。契約したことにより苦痛を長良咲良と共有しているわけだな。この後調整されるから、じきに良くなるよ」
柊真は苦しみと同時に体を流れる血がどんどんおかしなものになっていくのを感じていた。自分の血そのものが薬に変わっていくような、そんな感覚だ。そのため、体の苦しさに対して、血が流れる感覚は清々しいというよく分からない状態に陥っていた。
「じきっていつだよ!」
「十五分くらいかな?ま、これからどんどん苦しくなるから違うこと考えとけよー」
柊真は(違うこと、違うこと……)と思考するが、段々と言葉を理解出来なくなっていく。何かを考えても、それがまるで言葉と感じられない。思考したものが言語でない、別の羅列に感じられる。
「ほらほら、がんばれがんばれ!」
ぐみは呑気にこんなことを言っているが、柊真はこの言葉も理解できなくなっていた。何も感じ取れない……その恐怖がだんだんと襲ってくる。
その一方で、チアキはどんどん体調が回復していた。その回復度合いは体調を崩す前とは比べ物にならないほどであり、今にでも走り出したいとすら感じていた。
「えっ、と、アタシ、治った……?」
「おー、回復したか長良咲良。どうだい?体調は」
「走り出しちゃいそうなほど元気だけど……ってどうしたの!?柊真……!?」
チアキは悶絶している柊真に気づき、その体をゆらゆらと揺らす。
「こらこら揺らすなっ。多分死にやしないぞ」
「多分ってなによ!アタシ、また迷惑かけてる……」
チアキは自分のせいで柊真が苦しんでいると思い込む。これだから契約するのは嫌だったと心の中で悲痛な叫びをあげる。
柊真は理解できないながらも、ある程度聞きなれた声が聞こえていた。それが誰のものか、どういう感情で放たれているものであるかは全く分からなかったが、それでも、どこか優しさがあるその声に安らぎを覚え、苦しみが少しだけ和らぐ。
「ちょっと、死なないでよ!死んでもらったら困るのよ!」
「だーかーら、死なんって。最悪、魔力送ってやればなんとかなるぞ?契約してんだから」
ぐみは大袈裟なチアキに対して若干の呆れを覚えていた。苦しんでいるとはいえ、契約をしている以上死なないことは明白であり、心配する必要はどこにもない。
「でも!こんなにも苦しんでいるのよ!アタシもここまでの苦しみじゃなかった!」
「まあ、お前はほぼ一日かけて苦しんでいたけども、こいつはその苦しみを短時間に受けているからな。その総量は同一だし、そりゃこうなる」
契約した吸血鬼と人間は魔力と感覚を任意で共有することが出来る。しかし、それがあまりにも強大な感覚の場合、任意ではなく強制的に共有される。それがこの柊真の苦しみ、という訳だ。
「痛……い……」
柊真は反射的に口から声が漏れる。とにかく痛い。苦しい。俺は咲良にこんな思いをさせていたのか……柊真その罪悪感を言葉でなく感覚で理解する。
「痛いのも無理ないだろう。魔力の副作用の一種だから、一般的な流行病の約七十倍の苦しみが流れ込んでくるだろうし」
「そ、そんなの死んじゃうじゃない!七十倍ってヤバいでしょ!!」
「ま、それは最大瞬間風速さ。その山さえ超えればあとは落ち着くだけ」
柊真の頭に走馬灯が流れ出す。しかし、そこに映るのは咲良との記憶だけ。そうは言っても、咲良とは一週間も関わってないので思い出なんてほぼない。柊真はそれに気づき、苦しみがいっそう強くなる。
「ぐ、ぐわぁぁぁ……!」
「お、山に到達したかな?もうあとは落ち着くだけだよ」
ぐみは小さな体でベッドにもたれかかり、パソコンをカタカタと操作する。
チアキは出産に立ち会っているかのように柊真の手を両手でギュッと握る。
「さ、咲良?」
その手を握った行動が良かったのか、柊真はチアキの姿を瞳に捉えた。
「ううん、チアキ……わかる?」
「チアキか。ああ、ようやく言葉が分かるようになった……」
柊真はチアキの言葉を理解できることに喜びを覚える。そして、息を大きく吸い込み、「うおりゃぁぁ」と気合いを入れながら腹筋運動で起き上がる。
「ちょ、ちょっと大丈夫なの!?」
「う、うん。多分……」
柊真は体の痛みを感じながらも、体に痛みがあること以外は不自由なく動くことを確かめる。
「チアキ、心配してくれたの?」
「そ、そりゃするわよ!目の前で彼氏が苦しんでるのよ!?人の苦しみを見て心配しない方がおかしいでしょ!」
柊真は「そりゃそうか」と笑う。背中や腰、腕などの関節がズキズキと痛む。まだ快調とは言えない体を動かしながら、柊真は
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