第十五話 心を動かす秘策

「ドンと行くぅ?ワタシは宙に浮いてるんだよ?どうやって『ドンと行く』のさ」


「気持ちで負けないって事だ!」


 柊真が真剣にそう叫ぶ。ポイズはそれを見てまた嘲笑する。


「ふ〜ん。気持ちでもワタシのところに来れるかなぁ〜?」


「だめだよ柊真くん!本気の悪魔に立ち向かうなんて危なすぎるよ!」


「そんなこと言ったって……俺は…守ることしか出来ないから!」


 制止する咲良に決意の意志を見せる柊真。しかし、柊真には持ち合わせの武器がない。戦える術も無い。どうすれば良いのだろうか……


 なにか、守るための起爆剤は無いだろうか。飛び道具かなにか……柊真は今までの咲良との会話を順に思い浮かべる。そうしていると、頭の中にフッと心亜のセリフが思い浮かぶ。それは、

「魔力を共有することで体力増強だったり催眠術だったりができる」

というものであった。催眠術、それってある意味飛び道具じゃないか…!?


「なあ、咲良。心亜呼べるか?」


「え?うん、呼べるよ。ちょっと待っててね」


 咲良は目をぎゅっとつぶる。それから約三秒後、彼女の瞳は紫色となって現れた。


「どーしたの?まさかわたしに戦わせるつもり?」


「あ、違うちがう……!ちょっと教えて欲しいことがあるんだ」


「なぁに?」


「魔力を使えば体力増強とか催眠術が出来るって言ってただろ?それ、教えてくれないか?」


 心亜はそれを聞いた瞬間、口をゆがめ、目をつぶりながらうなずく。


「できなくはないけど、使いこなせるかは分からないわよ?体力増強でしょ?」


「いや、催眠術の方」


「え!?そっち!?まあ、それでも難しいと思うけど……」


「だとしてもやるしかないっしょ」


 柊真は心亜から魔力の供給方法と術の使い方を教わる。


「魔力というものはわたしと同調していくことで使えるようになるわ。あと、催眠術は、相手の意識の中に潜り込んで、やって欲しいことを願う……みたいな?そんな感じ」


 柊真は心亜から教わったやり方のイメージトレーニングをしてみる。すると、意識の深いところにゆっくり浸かりこんで行くような、そんな感覚を覚えた。


「ねぇねぇー、なんか秘策があるみたいだから待ってあげてるけど、結局どうすんの?待ってあげてるワタシめちゃくちゃやさしーと思うんだけど」


 わざわざ待ってくれていたポイズが高所から二人を見下ろす。

 柊真は心亜に「ほんとにこれで使えるんだよね?」と問う。心亜は「あとは柊真くんに適性があるかどうか、かな」と答える。


「準備できた?じゃ、行っちゃおっかな〜」


 ポイズは笑いながら、光の矢を何も無い空間から取り出す。それを三つほど繋げ、槍のように長いものを作りだす。そして、それを柊真に投げつけようと振りかぶる。


「まて、ポイズ!」


「ん?なーにー?」


(あいつの心に潜り込んでいく感じ……それってどんな感じだ……?)


 柊真はポイズの瞳をじっと睨んでみる。見下したようにこちらを見つめるポイズと、下からキッと睨む柊真の目がバッチリと合う。


 柊真の集中力が高まる。ポイズ以外のことを考えない……それ以外は全て取っ払う……そういう意識で彼女の栗色の瞳を覗く。攻撃をやめてくれ……そう願いながら。


「な、なんだよ気持ち悪いなぁ」


 ポイズは呼び止めておきながら、ただただこちらを見つめてくる柊真に軽い嫌悪感を覚える。しかし、なんだか、その嫌悪感がだんだんと……薄れて……行くような…………


 先程までパタパタとよく動いていたポイズの羽の動きがかなり弱いものになる。が、それは一瞬。動きがまた強くなる。


「ねぇねぇどーしたのー?さっきからこっちの方見てさぁ?」


 柊真はポイズの言葉を聞いて落胆する。ポイズは先程と変わらない口調で話している。

 催眠術が効かなかったという現実を見せつけられ、柊真は軽い絶望感を覚えるが、すぐに次の作戦を考え始める。


「何かを仕掛けたんだと思うんだけどさぁ、こんくらいの攻撃なんて十歳の悪魔に効くと思ったぁ?」


 そう言いながらポイズは自らの顎に指を軽く乗せて見せた。


「じゃあもいっちょ行くよぉ」


 ポイズは、また光の矢を空虚から召喚……したように見えた。だが、無い。いや、というよりも光が無いのだ。先程まで白くきらびやかに輝いていた矢に、光が無い。いや、そこにあるはずの矢、といった方が的確だろうか。


「や、やめろ!見えないとか卑怯だろ!?」


「見えないぃ?そんなわけないじゃぁん。たしかにホワイトアローはここにあるよぉ。キラキラ〜ってぇ」


 ポイズは光の矢の呼称をそれとなく明かしながら、フラフラとした手つきで澄んだ空気しかない空間を指さす。柊真は矢が見えないのでは無く、そこにない、ということを認識した。


「な、なんかフラついてるな…まさか、効いたのか!?催眠術!?」


 柊真は驚愕すると共に、自分で特殊な力を使えたことに、なんだか嬉しくなる。


「どうやらそうみたいね!じゃあ、あとはやって欲しいことを継続して伝えるだけよ!」


 心亜も一緒に喜ぶ。そこで柊真はポイズに向かって心の中で(降りてこーい)と伝える。ポイズは従順にそれに従う。羽をゆっくり動かし、安全に地に足を着く。


「よし、そのまま体育座りして!」


 ポイズは河川敷の芝生の上で三角に座る。十歳の女の子がやっている、という事実はなんら問題は無い。しかし、高校生カップルの前で女の子が一人で体育座りをする、という光景は周りから見たら異様だろう……

 いやまあ、女の子が空を飛んでいる時点で異様とかそういうレベルを軽々と超越してはいるが……


「なあ心亜、心亜は催眠術って使えるのか?」


「残念なことに使えないわー。物心つく前は使えてたらしいんだけどね。何故か使えなくなっちゃった」


 柊真は悪魔にも使えない力を持っていることに、若干の高揚感を得る。

 しかし、すぐに正気に戻り、従順に体育座りを続けるポイズに「気をつけ」の姿勢で立つように指示を出してみる。

 やってる事は小学校と変わらないが、催眠で使っているという事実はあまり褒められたものでは無い。


「あ、あれ?ワタシ何やってるんだろ」


 突然、直立不動の姿勢を保っていたポイズの瞳に光が灯り、全身が動き出す。柊真は焦る。催眠が切れてしまったのだろうか。


「あ、おねーちゃんとおにーちゃん。もうお外暗いよ?ワタシ、なんでこんなところにいるの?」


「ポイズじゃない…?」


「ポイズってなに?」


 柊真は目の前にいる少女が悪い悪魔でないことに安堵する。柊真は、この少女も催眠で動かせないか、と悪い念をを送ってみるが、思い通りに動くことは無かった。


「片方の人格に催眠がかかってても、もう片方にはかからないみたいだな」


「……わたしにはかけないでね」


「はは……流石にかけないよ」


 柊真は心亜に苦笑いをしながら答えた。

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