第十六話 疲れと帰宅

「あ、あの、そろそろ帰りますね」


「あら、もう帰るの?もっと居ればいいのに」


「明日も学校があるので…」


 柊真がバッグを持ちあげながら言うと、咲良の母は若干寂しそうに言った。柊真はあの後夕飯もご馳走になってしまったのでこれ以上お世話になる訳にはいかない、と思ったのだ。


「また今度ね、お父さん、お母さん」


「うん。また来なね」


「おねーちゃんとおにーちゃん帰るの?絶対また来て」


 咲良が寂しそうな顔をしながら言うと、咲良の両親と林檎も寂しそうな顔をする。その後は柊真がドアを開け、咲良の実家を後にする。これからはまた一時間の帰路を列車で駆け抜けることになる。


◇ ◇ ◇


 二人は乗り換えをする駅で快速列車を待っていた。あと三分。それまではただただ暇だ。


「あ、あのさ、俺ってさ、ちゃんとしてたかな」


 柊真がなんとなく気になっていたことを咲良に聞く。


「ちゃんとしてたって?」


「え、いや、彼氏としてちゃんと振る舞えてたかなぁって」


「うん!振る舞えてたよ!」


 咲良は青色の瞳を輝かせる。柊真はそうかなぁ、と苦笑いをした。


「ねぇ、今日も泊まっていいかな?」


 唐突に咲良が柊真に聞いた。柊真は「もちろん」と許可を出す。もはや同棲が決まった以上、一夜くらいどうってことはない。


「寂しくなっちゃった?」


 柊真が聞くと、咲良が「ううん」と言いながら耳元に近づく。


「血が吸いたくなっちゃったの……」


 咲良は吐息混じりに耳元でそう言った。彼女の瞳の色は青色と赤色のオッドアイのような……一瞬だったが、柊真の目にはそう映った。

 見返してみるとやっぱり瞳の色は青。綺麗すぎる咲良の顔に見惚れていると、突然ポケットの中からブーッ、ブーッと強いバイブ音が鳴った。

 柊真は

(雰囲気ぶち壊しだわ!)

と思いつつ、咲良に一言「ごめん」と断ってから電話に出る。


『あ、大井柊真さんのお電話でよろしかったでしょうか…』


 電話から聞こえてくる声はとてもか細く、とても幼さのある声だった。


「えーっと、そうだけど……もしかして林檎ちゃん?どうしたの?というかよくこの番号わかったね」


『林檎って誰のこと……?こちら南ぐみ。ぐみは矢作という人間に協力してもらい、電話番号をゲットしたのだ!』


 電話の主は甘そうな名前なことに変わりはないが、林檎ではなく、ぐみであった。彼女は電話の相手が目的の人物であったことを確認すると、一気に態度を変化させていった。

 柊真は勘違いしてしまった申し訳なさと同時に、矢作の口の軽さに多少の呆れを覚える。


『おい黄金の血!貴様に有益な情報を教えてやろう!』


「……なんすか?」


『ふふん!今ぐみがかけている番号を電話帳に登録すると、いつでもどこでもぐみを呼び出すことが出来るのだ!』


「あー、はいそうっすか」


『登録しておけよ!絶対だぞ!?じゃあな!』


 ガチャリ。ツーツー。せっかくカップルらしいラブラブな空気だったのに、突然子供のような会話を聞かされた柊真は温度差で風邪をひきそうになっていた。

 柊真は履歴に書いてある番号を「フルーツグミ」という名前で登録し、スマホをポケットの中にしまった。


「だれだった?」


「高校二年生という肩書きの小学生」


 咲良はぐみと会話したことがない故にぽかんとしていたが、それと同時に快速列車が入線してきたこともあり、その場は特に質問をされるわけでもなく時間が過ぎるのだった。



◇ ◇ ◇



「疲れた……」


 家に帰って来た安心感から思わず口から声がこぼれた。いきなり彼女の親に会わされたり、本気の悪魔から攻撃を受けたりしたのだから当然だ。


「なによ、情けないわね。あの子との戦いだって結局ズルして勝ったクセに」


「ズルでは無いだろ。ただ俺があの力しか使えないってだけだ」


 咲良の瞳の色が赤色に変わっているが、柊真はその事に触れることはなく会話を継続する。


「でも確かに、催眠で勝つってのは後味悪いもんだな……ていうか催眠解かなくて大丈夫かな!?」


「……あたししーらないっ」


 柊真は急な不安に襲われる。林檎ちゃんは動けていたから大丈夫だよな……自分にそう言い聞かせ、ソファにドカッと座る。すると、そっぽを向いていたチアキが突然柊真に近づき、バタッと倒れるようにソファに座った。


「ねーねー、血ぃ吸わせなさいよぉ……」


 唐突にチアキが猫なで声で柊真に血をせびる。今までは突然首を噛んできたり、照れ隠しに噛まれたりしていたので、ねだられるのは柊真にとって初めての経験だ。チアキは柊真の肩に寄りかかり、いつもと同じような目つきで柊真を睨む。


「どうしたんだよ急に……って、なんか顔赤くないか!?」


「ふぇぇ?んな事ないでしょぉよぉ!血を吸いたくなっただけだってぇ……」


 いや、明らかにおかしい。いつもは薄橙色の肌が真っ赤になっている。耳も頬もだ。


「と、とりあえず横になれ、ほら」


「はぁぁ?まずは血を吸わせろー」


 柊真は一瞬感染症とかなんじゃないか、と頭をよぎったが、考えても仕方が無いと思い、チアキをソファに横たわらせ、膝枕のような格好をとった。そして、体勢的に首から吸わせるのは厳しいと判断して腕を差し出す。

 チアキはそれを両手でがっしりと持ち、まるで漫画によく出る肉を食べるかのようにカプリと腕に噛みつき、チューっと血を吸い取る。しかし、この前より弱い吸い方だ。やはりこんな姿見せられると不安感を覚えてしまう。

 チアキは……いや、この子たちの体は大丈夫なのだろうか…!?

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